モバイルエスノグラフィはエスノグラフィ?

今回はモバイルエスノグラフィについての話です。

モバイルエスノグラフィという名前は皆様もお聞きになったことがあるのではないかと思います。とはいえ、我が国において利用している人は未だ少ないのではないかと思います。「モバイル」と「エスノグラフィ」、今リサーチ業界で注目されている二つのキーワードがくっついたこの手法、何となく、お得で最先端っぽいイメージがしますが、実際問題として、海外では現在どのように活用されているのでしょう。また今後、私たちはこの手法をどのように活用していけばよいのでしょうか。

これらの問いに答えるために、以下にモバイルエスノグラフィに関するケーススタディを紹介させていただき、次にモバイルエスノグラフィに対して指摘されている問題点を紹介させていただきます。そして最後にモバイルエスノグラフィ活用のための提案をさせていただきます。

モバイルエスノグラフィとは

モバイルエスノグラフィは、対象者からスマートフォン(タブレットも含む)を利用して、日常生活の指定されたシーンに関する写真、動画、テキスト(自由記述コメント)等を送ってもらい、その集まったコンテンツ(写真/動画/テキストコメント)を分析することによって生活現場におけるインサイトを発見しようとする手法です。

とはいえ、生活シーンの写真を送ってもらうだけなら、これまでにも従来型グループインタビューやデプスインタビューの事前課題として日常的に行われていたりするかと思います。なので、何をどこからモバイルエスノグラフィと定義するのかは微妙なところですが、本コラムにおいては、他の手法の補足として写真、動画、テキストが収集する場合ではなく、写真/動画/コメント収集がプロジェクトのメインである場合(それだけで完結するプロジェクト)をモバイルエスノグラフィと呼びたいと思います。以下のモバイルエスノグラフィに関する事例や議論も、この前提でお考えいただければと思います。

ちなみに、最新のGRIT Reportにおいて、モバイルエスノグラフィの利用経験率は30%、今後利用を検討している人は32%となっており、今、グローバルで注目されている定性調査手法の一つであることは間違いなさそうです。とは言うものの、(繰り返しになりますが)実際に我が国で利用されているケースは未だ少ないかと思います。そう意味では、これからのリサーチ手法であるとも言えるかと思われます。

(最新のGRITの結果はこちら)
http://www.greenbookblog.org/2014/09/29/the-top-20-emerging-methods-in-market-research-a-grit-sneak-peek/

では、我々、定性調査に関わる者は、今後モバイルエスノグラフィをどのようなシーンで活用すればよいのでしょうか。また、モバイルエスノグラフィの強みと弱みはどこにあるのでしょうか。以下に、これらの疑問に答えるのに参考になるプレゼンテーション・・・AMA(American Marketing Association)で発表されたBrainJuicer社/ Kraft Foods社/ Mondelez Internationalが共同で実施したモバイルエスノグラフィプロジェクトに関するプレゼンテーションを紹介させていただきます。

モバイルエスノグラフィの事例:ホームパーティーを開くということを理解する

それではここから、AMAで発表された

Capturing Party Time: A Case for Mobile Ethnography to Understand Consumer Behavior
「パーティーの実態を掴む:消費者行動を理解するためのモバイルエスノグラフィ活用のケーススタディ」

というプレゼンテーションの内容を紹介いたします。

発表者は世界で最もイノベーティブな調査会社と評されるBrainJuicer社のAlex Hunt氏、チーズでお馴染み米国大手食品会社Kraft FoodsのNancy Luna氏、クロレッツ等のガムで有名なMondelez International社(Kraft Group)のClaudia Del Lucchese氏の3名です。

以下にプレゼンテーションの要旨を抜き出させていただきました。
※    内容を端折っていたり、間違って理解したりしている部分が多少あるかもしれませんので、その点はご了承ください。

(元のプレゼンテーションはこちらです)
http://vimeo.com/104320429

(Nancy Luna)

我々、クラフトフーズは、生活者がどのようにホームパーティーで招待客をもてなすのか、その際にフードがどのような役割を果たすのかを理解したいと考えていました。そして、ホームパーティーのシーンにおいてクラフトの製品ポートフォリオ(チーズやクラッカー等)がどのようにフィットするかを知り、ホームパーティー向けの新商品を開発したいと考えていました。そこで、これまでに一緒に仕事をしていたClaudiaとAlexとチームを組んで、モバイルテクノロジーを使ったモバイルエスノグラフィでホームパーティー時の消費者ニーズを明らかにすることにしました。

モバイルエスノグラフィのデザインはAlexが中心に行いました。そして我々はモバイルエスノグラフィを使ってホームパーティーの準備から後片付けまでの各ステップを詳細に理解しようとしました。このモバイルエスノグラフィで我々が見つけた最大の発見はホームパーティーを開くということはパーティー当日だけではなく、前の日の準備やパーティーが終わってからも、とてもストレスに溢れたイベントであるということでした。雑誌等には、おしゃれで楽しげなホームパーティー写真が沢山載っていますが、現実は全く違うもののようです。多くの人にとって、パーティー後のごちゃごちゃの部屋の後片付けをすることは、とても気分が滅入る仕事のようです。

では、Alexに、我々がどのような調査設計を行ったかを話してもらいましょう。

(Alex Hunt)

最近では、様々な新しいリサーチテクノロジーが生まれ利用されています。しかしこのようなテクノロジーは、人間の行動(Human behavior)や意思決定プロセスの理解を促進するものであり、そのテクノロジーを使うこと自体が目的ではありません。私たちは、調査目的から、どのようなテクノロジーを利用すべきかを考える必要があります。その意味では、「ホームパーティーを開催することに関して、開催者はどのような行動や意思決定をするのかを理解する」という今回の調査目的を達成するにはモバイルテクノロジーを利用したモバイルエスノグラフィは、まさにピッタリの手法だと思いました。

さて、ここでHuman Behaviorについて少し考えて見ましょう。今、Human Behavior についての最も注目すべき人物は行動経済学者のダニエル・カーネマンではないかと思います。彼の著書である「Thinking, Fast and Slow」を読んだことのない人は、一読することを強くお勧めします。カーネマンはこの著書で、人の意思決定には二つのルートがあり、それぞれ脳の別の部分が使われると述べています。そして、そのルートのひとつである「システム1」は直感的で感情に大きく基づく意思決定プロセスで、われわれの95%の意思決定はこのシステム1によって行われると述べています。一方、もうひとつの意思決定ルートである「システム2」は論理的で慎重でゆっくりな意思決定プロセスだと述べています。このシステム2の意思決定プロセスは、意図的にそうさせられる時にだけ利用され、使うには苦痛を伴うとのこと。ということは、「我々は、我々が考えている以上に、物事を考えていない。なので、人に多くのことを考えさせることを聞くべきではない」と言えるのではないかと思います。

このシステム1とシステム2の考え方は、伝統的なマーケティングリサーチに大きなチャレンジをもたらしているのではないでしょうか。これまでのマーケティングリサーチでは、対象者に論理的な質問をして、対象者から論理的な回答を得ようとしています。しかし、このようにして得た回答は信頼できないということです。これまでのマーケティングリサーチは人間の意思決定が上記のシステム2を前提として行われているように考えていますが、それは5%だけなのです。95%の意思決定を占めるシステム1には対応していないのです。

従来の質問をベースとしたマーケティングリサーチでは真実の姿を得ることはできません。だからモバイルエスノグラフィには価値があるのです。モバイルエスノグラフィを使うと時系列で何が起こったかを理解することができます。また、何が起こっているのかに関して真実、本当の姿を知ることができます。例えば、ある男性対象者に、グレートなホームパーティーとはどのようなパーティーかを言葉で表現してもらったら、おしゃれに着飾った人々が大勢集まって楽しんでいる様子を表現しました。しかし実際モバイルエスノグラフィから得られた彼のパーティーの様子を観察すると、数人の仲間と、さほどおいしそうには見えないフードを食べながら集っている様子を見ることが出来ました。そして、それは彼にとって、とても心地よさそうで、それはそれでグレートなパーティーに見えました。このように言葉では得られない真実の姿が得られるのがモバイルエスノグラフィの価値なのです。

先ほど述べたように人の行動の大部分はシステム1に支配されています。そこで我々、BrainJuicer社は、システム1のフレームワークをベースとした消費者理解の方法を構築しています。今回のモバイルエスノグラフィの分析もシステム1のフレームワークをベースに行いました。我々は人の行動は3つのエリアに影響されていると考えています。ひとつはエンバイロメンタル(環境)ファクター、つまりコンテクスト。たとえば、人がロールスロイスを買うのは、必ずしもロールスロイスが好きだったからだというわけではないかもしれません。もしかしたら節税対策だったのかもしれません。このように人の行動はコンテクストに依存しています。ソーシャルファクターも大きな要因です。たとえば医者がクロックスを買うのは、クロックスが履き心地がよいのを試して自分で決めたのではありません。単に他の医者が履いているのをコピーしているだけなのです。最後はパーソナルファクター(人の感情)。車を買った人は、車を買う前よりも、買った後に広告を熱心に見るというのはよく知られた事実です。これはシステム1(感情)で支配されて車を買って、購入後に、システム2が働きで、苦痛を伴いながら自分の行動を正当化させているとうことかと思います。

今回はエンバイロメンタル(環境)ファクターとして、集まったコンテンツから、対象者がどのような家に住んでいるのかを観察し分析しました。また、どのようなお店で何を買っているのかを分析しました。ソーシャルファクターとしては、パーティー開催者(対象者)は、どのような関係の人をパーティーに招待しているのか、招待した人と過去にどのような経験を共有しいているのかを分析しました。パーソナルファクターとしては、準備段階やパーティー中、パーティー後にどのような心配をしていたか、どのような不安があったのかといった感情を分析しました。

私のパートはここまでなので、引き続き、今回のモバイルエスノグラフィからの発見をClaudiaに紹介してもらいます。

(Claudia Del Lucchese)

私からは、今回のモバイルエスノグラフィを通して感じたモバイルエスノグラフィの強みと弱みを紹介させていただきます。まず、様々な強みの中で最も大きいのは、対象者に何が起こっているのかがリアルタイムで理解できることだと思いました。対象者の、パーティー準備段階、パーティー中、パーティーが終わった後の後片付けの状況を詳しく理解できるのは我々にとって、とてもありがたいことです。複数の対象者に対して同時並行的に実査を行えるので、実査期間が短くなる一方で、実際の観察時間(対象者と接する時間)が長くなる点も強みだと思います。また広い地域をカバーできることも強みです。エスノグラファーは、各地を飛び回る必要もありません。エスノグラファーの存在が気にならないので、人の目を意識しない自然な行動を観察することが出来るのも強みだと思います。データの収集が早くコントロールしやすいことも強みでしょう。

今述べたそれぞれの強みについてもう少し詳しく話します。まずは「リアルタイム/in situ and in the moment」ということについて。これは我々にとって非常に重要なことです。今回は、事前のウォームアップセッションの後に、パーティーの企画段階、事前の買い物から、準備、当日、後片付け・・・それぞれの段階について対象者から報告してもらいました。事前の準備段階での不安、当日も予期せぬ出来事が起きないかといった心配や、うまく進行していない場合のストレス、パーティーが上手くいった後でも、後片付けはウンザリといった、対象者の各段階での様々な感情を理解することができました。

二つ目の強みである長期間のダイナミックな観察に関してですが、モバイルエスノグラフィは、実査期間中に柔軟な対応ができることがよい点だと思います。例えば今回の実査期間中にホームパーティーを予定していたある対象者から、招待者の体調がよくないので、パーティーが延期するという連絡がありました。そのようなアクシデントが起きた時でも1週間後に延期されたパーティーの様子を観察することができました。また、逆に1週間延期されたことにより準備していたフードをどうしたか、改めての準備はどうしたかといったことを我々は理解することが出来、非常に参考になりました。また、ある対象者に対しては実査期間を延長し、フォーマルなパーティー(感謝祭のパーティー)と、よりインフォーマル(もっとカジュアルなパーティー)の違いを見せてもらうといったことも行いました。フォーマルなパーティーの準備やそれに伴うプレッシャーと、カジュアルなパーティーのプレッシャーの違いを観察することはとても興味深かったです。

三つ目の強みである広い地域のカバレッジについてですが、今回は13州から、28名の参加者に対して調査を実施しました。またホームパーティーのタイプは感謝祭から誕生パーティー等、様々なタイプに亘りました。従来の家庭訪問型エスノグラフィでは、2週間の間にこれだけ多くの地域でこれだけの対象者に対して調査をすることは決してできなかったでしょう。

四つ目の強みである人の目を意識しない自然な行動を観察できたという点については、例えば、ある対象者から「昨年のハロウインパーティーで作ったフードが見た目が悪く、主人がまったく手をつけなかったので、今年はこのように見た目もおいしそうなフードを準備した」みたいなリアルな写真を見ることができました。

五つ目の強みであるデータの深さと内容コントロールという点に関しては、対象者からの写真やテキストコメントが届くたびにBrainJuicer社やモデレーターとディスカッションを行い、都度対象者に対してフォローアップを行ったので、収集するデータ内容をコントロールすることができ、有意義なデータが得られたと思っています

一方で、今回モバイルエスノグラフィを実施して、様々な難しい点(弱み)も見つかりました。以下はその代表的なものです。

  1. 全ての情報は対象者によってフィルタリングされる。

    対象者は、この写真を送ったら私たち(調査依頼者)の役に立つだろう、私たちはこれに関するコメントを求めているのだろうといった自分の判断で情報(写真/動画/テキストコメント)を送ります。しかしながら、もしその場に訓練されたエスノグラファーがいたとしたら、目を付けたり、興味を持ったのは別の部分かもしれません。
     
  2. エスノグラファーがその場にいないので、コンテクストを理解するのが難しい。

    例えば、対象者から送られてきた写真がパーティーのどの時点のものなのか、何枚か送られてきた写真の関係性を理解するのは難しいと思いました。
     
  3. 追加のプロービングをするのは、かなり時間が経ってからになってしまい、その時点では対象者の記憶が曖昧になっている場合がある。

    例えばある写真が送られてきて、我々がその写真について詳しく知りたいと思っても、対象者に質問が出来るのは、ずっと時間が経った後になってしまいます。従来のエスノグラフィでは、エスノグラファーがその場で、その都度質問が出来、その行動の意味や理由を理解出来るのですが、それが出来ないのはモバイルエスノグラフィの弱みだと思います。
     
  4. 結果を共有するステージになるまでプロジェクトチームはリサーチプロセスから距離が出来てしまう

    プロジェクトチーム(ブランドチーム)は、モバイルエスノグラフィの実査期間中に、収集されたデータ(写真/動画/テキスト)の共有サイトにアクセスできるようにしていたのですが、実際は誰ひとりとしてログインしませんでした。
     
  5. スマートフォンで写真や動画を撮るという行動が、自然な行動を阻害していた場合がある

    自分が料理をしながらその様子をスマートフォンで写真や動画に収めることは難しいことです。なので、今回収集された写真や動画は、料理の前や後のものがほとんどで、料理中の写真や動画は、ほとんど集まりませんでした。


これらが、今回モバイルエスノグラフィを実施してみて感じたモバイルエスノグラフィの弱みです。では、最後にNancyに引き継ぎます。

(Nancy Luna)

私からは、モバイルエスノグラフィで収集した莫大なデータをどのように分析したかをお話しさせていただきます。今回のモバイルエスノグラフィでは莫大なデータが集まりました。そのデータをBrainJuicer社がグレートな分析をしてくれました。エスノグラフィの専門家がすべてのデータの中から、どのようなパターンがあるかといったことを抽出してくれました。先ほども述べたようにフォーマルなパーティーとカジュアルなパーティーでは、どのような料理が準備されるか、準備にどの程度の時間をかけるかといった点で大きな違いがあることが発見されました。

また我々は、プロジェクト関係者(様々なブランドチーム)を集めてワークショップを行いました。データは莫大なので、パーティーを準備する人にとって何がPain Point(辛い点)に関するインサイトなのかを見つけることにフォーカスをしました。彼女たちの問題点は何なのか、そしてその問題点に対して我々はその問題点を解決するための製品をどのようにデザインできるかを話し合いました。そして各ブランドチームは、数多くの問題点を洗い出すことができ、その問題点を解決するためにどのようなアプローチが可能なのかを話し合いました。そして、このディスカッションの中から数多くの新しい新製品アイデアを得ることが出来ました。ワークショップに参加したメンバーは皆、得るものが大きかったとハッピーでした。

私たちのプレゼンテーションはここまでですが、以下質問がある方はどうぞ・・・


+++Q&Aセッション+++

<質問>

対象者より莫大な量のデータ(コンテンツ:写真/動画/メッセージ)を集めたと思いますが、どのようなプロセスで分類して分析したのかを教えてもらえますか?

<回答>

我々は集めたすべてのコンテンツを先に紹介したBehavior Modelに当てはめました。なぜなら、このModelがどのように消費者が意思決定をするかを理解するのに適しているからです。具体的にはすべてのコンテンツに対して、エンバイロメントファクターに関することか、コンテクストファクターに関することか、ソーシャルファクターに関することかをタグ付けを行いました。また、全てのコンテンツにサブヘッディングをつけて分類を行いました。


<質問>

参加者には謝礼をどれだけ払いましたか?

<回答>

お金という点では150ドル(約1万5000円)です。ただし、重要なことはお金だけではないと考えていました。
参加者に興味を持って参加してもらうために、参加指示書を出来るだけわかりやすく楽しいものにする工夫をしたり、参加者にこのプロジェクトがどれだけ重要で、参加してもらうことは、我々にとってとてもありがたいことであるといった感謝の意を伝えることが重要だと考えていました。

モバイルエスノグラフィはエスノグラフィ?

以上、モバイルエスノグラフィを使って成果が得られたという事例報告を紹介させていただきました。一方で、モバイルエスノグラフィに対しての様々な指摘があります。

ここで米国にある定性調査(特にエスノグラフィ調査)を専門にしているRabid Research社の創設者Lili Rodriguez氏の書いた

「Qualitatively Speaking: Mobile, yes; ethnography, not so much」

という記事の一部を紹介させていただきます(上記事例で指摘された弱みと被る点もありますが)。


(原文記事はこちら)
http://www.quirks.com/articles/2014/20140205.aspx?searchID=1101800737&sort=7&pg=1

モバイルエスノグラフィをグループインタビューや従来のエスノグラフィ調査を補完する意味で利用することはとても素晴らしいことだと思う。しかし、モバイルエスノグラフィはエスノグラフィではない。従来のエスノグラフィの替わりにはならないであろう。

訓練されたエスノグラファーは、製品開発やマーケティングに役立つ、生活者の習慣的な、また無意識の行動を明らかにすることが出来る。この、習慣的な、あるいは無意識の行動は、対象者が自分で報告するモバイルエスノグラフィからは決して得ることが出来ないものである。例えば、我々がある食品メーカーのために実施した、ある商品のパッケージを最適化するエスノグラフィ・プロジェクトを実施した。そのプロジェクトにおいて対象者を観察している中で、対象者は無意識に、かつ習慣的に、その商品のパッケージを開ける際にパッケージを振ることを発見した。クライアントは、生活者がその商品をそのようにひどく扱っていることを知らなかったが、その発見によってパッケージのデザインにおける重要なポイントを知ることが出来た。パッケージの頑強度を落とせば、製造コストは抑えることが出来るのだが、もし頑強度の低いパッケージを市場に出していたら、かなりのクレームが発生したことであろう。このようなファインディングはモバイルエスノグラフィからは決して得られないであろう。

訓練されたエスノグラファーは、モバイルエスノグラフィで対象者が自分で報告(写真を撮る/動画を撮る/コメントする)しないことに目をつけるのである。それは、対象者が他人に見せたくない部分、例えば家の中の散らかった様子だったり、ある製品を使ったことによる馬鹿げたミスだったり、行儀の悪い子供の様子だったり、思い出したくない失敗だったりする。また、対象者が報告できない、家の中の臭いだったり、騒音だったりすることもある。

加えて、最も重要なことは、対象者は自分が見ていないもの、気づいていないこと、注意を払っていないことは決して報告出来ないということである。例えば、私たちが行ったあるスナックフードのエスノグラフィでは、数多くの母親のスーパーマーケットへのお買い物に同行した(ショップアロング)。その際にクライアントはそのスーパーマーケットにかなり大きな広告ディスプレイを設置していた。しかし対象者はそれには全く気が付かず、普段自分の子供に買っているものを、いつものように買って帰っていった。

我々が同行した母親の誰一人として広告ディスプレイに気付かなかったことは衝撃的だった。我々は、普段の買い物がどれほど習慣に支配されているかに気付かされ、その行動を変えるのがどれほど難しいことなのかを痛感させられたのである。このような発見は、対象者が自分で報告するモバイルエスノグラフィでは決して得られなかったと思う。対象者の様子を外から観察していたからこそ発見出来たのだと思う。

モバイルエスノグラフィを有効活用するために

いかがでしたでしょうか。Lili Rodriguez氏の指摘を読むとモバイルエスノグラフィをこれまでのエスノグラフィの替わりに使うのは少し難しいと考えてしまいますね。だからといって、モバイルエスノグラフィが使えないのかというと、必ずしもそういう訳ではないかと思います。ケーススタディで紹介された様々なメリットである「リアルタイム/in situ and in the momentを捉える」、「長期間のダイナミックな観察が出来る」、「広い地域のカバレッジ」等は、他の手法では得難いものであることは間違いありません。なので、最後に、モバイルエスノグラフィを有効活用するために、モバイルエスノグラフィの弱みを補うためのいくつかの提案をさせていただきます。

提案1:モバイルエスノグラフィは他の手法と組み合わせて使う

上記で論じられているようにモバイルエスノグラフィには自分で報告するという弱点があり、モバイルエスノグラフィだけで、生活者の行動を全て理解しようとするのは、少し厳しいと思います。一方で、記憶ベースに頼っているこれまでのリサーチ手法を補うのに非常に有効なツールであります。なので、従来型グループインタビューやデプスインタビューに組み合わせて利用するのが一番有効なのではないでしょうか。(これは前回書かせていただいたIDEO社が主張していることでもあります。また、長期間の観察が可能ということで、ある瞬間を切り取った観察しかできない、従来のエスノグラフィと組み合わせて利用することも有効だと思います。

提案2:リアルタイムで出来るインタビューを組み合わせる

ケーススタディからはモバイルエスノグラフィの欠点として、送られてきたコンテンツに対するプローブがしにくい(時差が出来、記憶が曖昧になってしまう)という指摘がありました。これは、弊社オンラインインタビューを組み合わせてもらうと解決できます。上記ケーススタディの例であれば、パーティーの準備をする日、パーティー当日にオンラインインタビューが出来るよう準備をしておけば、写真を送ってもらい、その写真をみながらすぐにそのシーンの行動や感情について話を聞くことが出来ます。

提案3:自分で自分を撮影できるようなサポートを行う

自分が行っている行動を自分のスマートフォンで撮影するのは難しいというのは当然な話で、基本的には無理だと考えるべきでしょう。また、行動プロセスを探りたい場合は写真ではなく、動画データを収集したくなります。最近のスマートフォンは優れた機能を有していて、もちろん動画も撮影することは出来ますが、自撮りをするには三脚が必要であったり、撮影時間が長いと動画ファイルのサイズが大きくなり、そのやりとりが大変だったりすることを考えると、結構難しいものがあります。なので弊社では、対象者に動画撮影してもらいたい場合は、簡単に扱えるビデオカメラと三脚を、対象者にお送りし、それを使って撮影してもらうようにしています。

以上、モバイルエスノグラフィの実施する際に検討いただきたい3つの提案をさせていただきました。ただし、モバイルエスノグラフィに上記提案を加えるということは、冒頭で定義したモバイルエスノグラフィからかなり外れるのでモバイルエスノグラフィではなくなってしまうということでもありますが(苦笑)。モバイルエスノグラフィは脇役としては素晴らしいのですが、決して主役になれない手法といった感じでしょうか・・・。

以上、今回はモバイルエスノグラフィについて考えてみました。繰り返しになりますがモバイルエスノグラフィを従来の家庭訪問型エスノグラフィの置き換えとして考えるのは難しいのではないかと思います。しかしながら使い方をひと工夫することによって、今までに得ることが難しかった価値あるデータが得られることも確かだと思います。従来のグルインやデプスに物足りなさを感じている方はモバイルエスノグラフィの追加利用を検討してみるのもよいのではないでしょうか。