IDEOのグループインタビューは何が違うのか

近年、我がリサーチ業界で注目されている行動観察調査。そして、行動観察調査と言えば、必ず名前が出てくるのがIDEO。世界で最もイノベーティブな会社のひとつと言われているIDEOの調査手法やデザイン開発手法は、我々マーケティングリサーチ関係者にとっても、学ぶべきことが多々あり、皆さまもとても興味があるのではないでしょうか。

さて、行動観察調査で有名なIDEOですが、同社は会場で実施する従来型グループインタビューについてどのように考えているのでしょうか。従来型グループインタビューなど、全くやらないようなイメージがあるのですが、必ずしもそういうわけでもなさそうです。

2003年に英国で出版された「Focus Groups: Supporting Effective Product Development」という本の中に、IDEOのPeter Coughlan氏とAaron Sklar氏が書いたIDEOで行っているグループインタビューについて記述した章があります。

(この本はAmazonで買えます)
http://www.amazon.co.jp/Focus-Groups-Supporting-Effective-Development/dp/0415262089

少し古い文章ではありますが、今回は、この文章を紹介しつつ、IDEOの従来型グループインタビューに対する考え方やアプローチを紹介したいと思います。

IDEO=イノベーション

最初にIDEOのことを紹介しておきます。といっても、私も詳しい訳ではないので、ごく簡単に・・・。

IDEOはアメリカのサンフランシスコに本拠を持つ、デザインコンサルタント会社です(2011年には南青山に東京オフィスを設立したようです)。

IDEOのホームページでは自社のことを、

「IDEOは様々な事業セクターにイノベーションをもたらし成長を促す、人間中心デザインをベースにしたグロ―バル・デザイン・ファームである。我々は、潜在的なニーズ、行動、欲望を明らかにすることによって人々をサポートする新しい方法を発見する。」

と述べています。

※ ちなみにIDEOは日本人的には「イデオ」と読んでしまいそうになりますが、正しく発音すると「アイディオ」のようです。

同社がAppleマッキントッシュの最初のマウスをデザインしたことをご存知の方も多いかと思いますし、GMであるトム・ケリーが書いた「The Art of Innovation – 発想する会社! ― 世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法」は何年か前に話題になった本なので、読まれた方も多いのではないでしょうか。

IDEOが今なぜそれほど注目を浴びているのか。なぜIDEOがイノベーションの代名詞となっているのか。その理由に関しては、行動観察調査(とプロトタイピング)を利用したユニークなデザイン開発手法によって数々の製品やサービスのイノベーションを行ってきたからだと思います。このIDEOのデザイン開発手法に関しては、いろんな方がいろんなところで書いておられるので、今更ここで私が偉そうなことを書く必要もないかと思いますが、あまりご存じない方は以下をお読みいただけるとわかりやすいのではないかと思いましたので紹介させていただきます。

<社員600人でアップル、グーグルと肩を並べる世界で最もイノベーティブな企業、IDEOの発想法>
http://diamond.jp/articles/-/36808 (前篇)
http://diamond.jp/articles/-/37122 (後篇)

さて、このような様々な製品やサービスにイノベーションを起こしているIDEOは、リサーチ業界の定性調査手法において未だ主流である従来型グループインタビュー(対象者を会場に集めてFace to Faceで行うグループインタビュー)についてどのように考えているのでしょうか?以降、彼らの考え方を紹介します。


※ 以降の文章は上記「Focus Groups: Supporting Effective Product Development」内の文章をもとに書いております。

グループインタビューの使いどころを間違うな

IDEOは従来型グループインタビューを彼ら(デザインプラクショネアー)が利用するのには2つの問題点があると述べています。

  1. 従来型グループインタビューは参加者が「実際にどのように行動するか」ではなくて、「自分がどのように行動したか」、「自分が今後どのように行動すると思うのか」といったことを話すことに過度に依存している。しかしながら、我々は、参加者がグループインタビューで話したことと、実際に行動する様子を観察して発見した事実とは異なるということを知っている。人間は、自分にスポットがあてられると、いとも簡単に「○○だから、△△したの」といった作り話をしてしまうものなのだ。しかしながら、そのような説明の上っ面を剥がしていくと、本当の理由が現れてきたりする。ただ、それは話した本人も気が付いていないことだったりする。
     
  2. グループインタビューは、参加者を生活文脈から切り離してしまう。人間がどのように行動するかは、文脈に左右される。また、文脈が過去の記憶を呼び起こすのである。無機質な部屋に見ず知らずの赤の他人と一緒に隔離され、普段の生活文脈から切り離されてしまう環境で、普段の行動、今後の行動を再現することは難しいと言わざるを得ない。


そして、グループインタビューの利用は、「新しい発見を求めるために利用するのではなく、他の手段で発見された新しいアイデアをテストするために利用するべきである」と述べています。

「多分、グループインタビューが製品開発のためのリサーチ手法として人気なのは、わずか2時間でデザイン候補に関して、定性的なインプット、フィードバック、改善の方向性が得られると考えられているからであろう。しかしながら、我々はもっと、一人のことを深く理解したいと思う。2時間の従来型グループインタビューで、我々が求めている、人々の情熱、癖、いらだち、プアなデザインの製品やサービスに直面したときの行動いったものが得られることはほとんどない。そこで我々IDEOはクライアントに

『グループインタビューは、新しい発見を求めるために利用するのではなく、他の手段で発見された新しいアイデアをテストするために利用するべきである』

と言っている。新しい発見は、生活者が、その発見をしようとしている製品・サービスに、実際の生活現場、日々の生活の中で、どのように関わっているかを知ることによって生まれるものだ。しかしながら、このような情報は、日常の生活文脈から隔離された従来型グループインタビューで得ることは、不可能だとは言わないが、難しいことである。」

更に過去のグループインタビューでの出来事を引き合いに出して、行動観察の重要性を以下のように述べています。

「あるクライアントと新しい業務用サービスのWEBサイトのデザイン開発のためにグループインタビューを実施した。参加者は2時間のグルインの中で、どのようなサービスが理想的か、どのようなサイトデザインが好きか等々を話し続けた。そこでわかったことは、クライアントが最初から知っていたことばかり。そして、どのようにデザインを開発すべきか、という「具体的な」方向性のインプットは何一つ得ることができなかった。そこで、我々はこのサービスのポテンシャルユーザーのオフィスに行って、普段彼らがどのようにインターネットを業務で利用しているのか、どのようなサイトをよく利用するのか、クライアントの新しいサービスが彼らの日常にどのようにフィットするのかを観察した。コンテキスチュアル観察法は、グループインタビューよりも全体像を把握するという点では弱いかもしれない。しかし、グループインタビューでは得られない深さ、詳細さを得ることが出来る。我々のデザイナーはこの深さや詳細さにインスパイアされイノベーションにつながるインサイトを得ることが出来るのだ。実際に行動を観察することは、記憶の中から呼び起こされ話された行動を聞くのとは雲泥の差がある。グループインタビューでは、実際の行動を観察することは出来ない。」

IDEO流グループインタビュー

上記の通り、IDEOは従来型グループインタビューに対して基本的には否定的なスタンスなようです。とはいえ、グループインタビューを全く行っていないというわけでもないようです。ただし、従来型グループインタビューの欠点(生活文脈の欠如)を補うために、以下のような工夫をして実施しているとのことです。

1. ホームワークの活用
2. 対象者に話をさせるのではなく、体験させる
3. 生活文脈の中で評価させる


以下、この3点に関して詳しく紹介いたします。


**ホームワークを活用しろ!**

「通常のグループインタビューの文脈欠如を補う方法のひとつは、参加者に生活文脈に関係するものを持参させることである。それによって参加者の嗜好、持っているもの、日常行動等が理解できる。例えば、我々がおもちゃメーカーに行ったグルインでは、参加者の親子に、いつも遊んでいるおもちゃを一つ持ってきてもらい、なぜそれを持ってきたのかを話してもらうようにした。各参加者が、他の参加者に持ってきたおもちゃを紹介するところを見て話を聞くことによって、その参加者の家庭におけるおもちゃの役割や、おもちゃに対して、どのような価値観を持っているのかを理解することが出来た。同様に携帯端末(たぶん昔流行ったPDAのことかと)に関するプロジェクトでは、参加者に、「手に持っていて心地の良いと感じるもの」をなんでもよいので持ってきてもらいようにした。彼/彼女たちがもってきたものから、価値観や趣味嗜好を理解することが出来、セッションの後半で新しい携帯端末のプロトタイプを評価してもらう際に、彼/彼女たちがなぜそのような評価をしたのかを理解するのに非常に役立った。

何かを持参してもらう以外にもセッションまでに、実際に何か行動をしてもらうことも有効な手段だと考えている。オフィスのデザインを新しくするというプロジェクトでは、参加者に今のオフィスでよく使う場所、心地よいスペースといったようなテーマで写真を撮ってもらうようにした。これらの準備は、参加者がセッション内で、自分がオフィススペースに関して、どのようなことを重視しているのかを迅速に思い出させたり、他の参加者の意見に自分がどう思うのかをクリアにさせたりするのに役立ったのである。

事前に日記をつけてもらうことも、よく使うテクニックである。ミニバンの内装をどうデザインするかというプロジェクトでは、セッションに参加するまでの3日間ドライブログを記録してもらうようにした。車で、誰と、どこに、どのくらいの距離を運転して、そのドライブにどの程度満足したのか、どのような気分だったのかといったことを記録してもらい、セッションに持参してもらった。この記録は彼/彼女たちのドライブの経験を思い出すのに非常に役立った。」

このように、通常のグループインタビューにおける生活文脈の欠如を補うために、ホームワーク(事前課題)を活用しているとのことです。普段、意識していない行動を、いきなりグループインタビュー内で思い出して教えてくれと言われても、中々出来るものではありません。なので、このように参加者に準備してもらうことは、セッション内で正確かつ詳細な自分の行動や感情を思い出してもらうために必要不可欠と考えているようです。

また、このような事前課題の副次的なベネフィットとして、どの参加者が今回のトピックに対して、どの程度興味を持っているのかを事前に測ることが出来ると述べています。(日本ではあまりないですが)海外では通常オーバーリクルート(参加者が8人のグループなら、欠席者を考慮して10人くらいリクルートする)をするので、その際に最終的にセッションに参加する8人を絞り込む際に役立つと述べています。

**対象者に話をさせるのではなく、体験させろ!**

『グループインタビューから製品をデザインするのは難しい。多くの場合、人は形にして見せてもらうまで自分は何が欲しいのかわからないものだ。』

これはスティーブ・ジョブスの言葉ですが、IDEOの調査、製品開発手法は、まさにこの言葉を肝に銘じながら行われているようです(というかジョブズがIDEOから影響を受けたのかもしれませんが・・・)

「グループインタビューのモデレーターは人に話をさせるのが上手である。実際、トークショーのMCのように2時間のセッションを参加者の発言で埋め尽くせることが出来るモデレーターがクライアントから高い評価を得る傾向がある。しかし、我々IDEOは、デザイン評価に関して、参加者の大量の言葉よりも、ノンバーバルな行動の方が、その人の明確な意見を表現していると考えている。この我々の考えは、しばしば参加者の発言を聞くことにお金を払っていると考えているクライアントと軋轢を生んでいる。例えば歯ブラシのデザインに関して、『握りの部分はどのようなデザインが好きですか』と聞けば、『太いのがいい』、『細いのがいい』、『先細りの形がいい』、『真っすぐの形がいい』といったような答えが得られるであろう。しかしながら、そんな答えよりも、太いグリップや、細いグリップ、先細りグリップ等の様々なプロトタイプを見せて、一番好きなものを選んでもらった方がよっぽど役に立つのではないだろうか。」

IDEO社のデザイン開発手法の大きな特徴は「プロトタイプ」の活用(プロトタイピング)と言っても過言ではありません。IDEO社はデザイン会社で、様々なプロトタイプをサクッと作れることが、他社の真似できないIDEOの強みなのかもしれませんね。

また、コンセプトが初期の段階で、具体的なプロトタイプを作ることが出来ない場合も、言葉ではない手段で参加者が求めているものをコミュニケートしてもらうようにしているとのこと。その代表的な手法がコラージュ作成です。

「コラージュ作成は、抽象的な質問に関して彼らの考えを表現してもらうために有効な手段である。例えば、彼/彼女たちの生活における音楽が果たしている役割を理解するために、我々はコラージュを作成してもらった。作成されたコラージュについて語ってもらうことによって、我々はそのテーマに関する詳細で具体的な情報を得ることが出来た。参加者自身からも、コラージュを作成することによって自分の複雑な気持ちを表現することが出来たと好評だった。」

**生活文脈の中で評価させろ!**

このように生活文脈ということを非常に重視しているIDEOでは、実際にデザインコンセプトを普段の生活の中で試してもらうということもよく行っているようです。グループインタビューで呈示されたデザインコンセプト(プロトタイプ)を持ち帰ってもらい、普段の生活の中で、そのデザインがフィットするのか、生活を改善するのかを評価してもらうそうです。

「我々は、ミルクシェーク製品の新しいパッケージデザイン(容器の形状)に関するグループインタビューを行っていた。セッションの中で、我々は参加者にグルイン会場のテーブルの上で、モデレーターから渡されたスプーンを使ってミルクシェークを作ってもらうようにお願いをした。そしてモデレーターが、参加者に家族の中で誰がこのミルクシェークが好きで、どのくらいの頻度で、どのようなオケージョンで飲むだろうかを考えて答えてもらった。その後、実際に製品サンプルを持ち帰ってもらい、一定期間、いつ、だれが、どのような時、どのような作り方でサンプルを試したかを記録してもらった。すると、参加者がセッション中に話していた家族の飲用と、実際の行動とは全く違うということがわかった。クライアントは、この記録から、新しいパッケージデザインは、平均的な冷蔵庫にはフィットせず(容器サイズを変更する必要がある)、またパッケージについている紙コップから飲むのは好きではなく、自宅にあるガラスコップから飲むのを好む(紙コップを無くすことでコスト削減が可能)を理解することが出来た。」

もちろんコンセプトの秘匿性が高く、プロトタイプを持って帰ってもらうことが出来ない場合もあります。そのような場合はグルイン内で紹介されたコンセプトを記憶してもらって、自宅でそのコンセプトを思い出しながら生活内で評価してもらうといったことも行うそうです(ちょっとハードルは高そうですが・・・)。例えば新しい車のコンセプトをグルイン内で呈示して、その後、再び参加者に集まってもらうまでの間、このコンセプトの車を思い出した時のことをICレコーダーに発話して記録してもらうといったようなこともするそうです。

従来型グループインタビューに新しい定性調査手法を組み合わせる

以上、IDEOが行っているグループインタビューについて紹介させていただきました。そして、この文章は、このような一文で締めくくられています。

「この文章で提唱されている文脈を意識した方法は、従来型グループインタビューをデザインのための信頼できて有意義なデータを得るアクティビティに変えることが出来るだろう。(中略) このような追加手法を加えることによって費用が膨らむが、これらの手法はその追加費用を払ってもおつりがくるだけの価値をデザインチームに与えるであろう。」

ということで、従来型グループインタビューを実施するのであれば、費用はかかるが、上記で紹介したような追加手法を取り入れるべきであると結論づけています。

ただ、この文章が書かれたのは、約10年前です。その頃とは定性調査を取り巻く環境も大きく変わってきています。そして、従来型グループインタビューにこのような追加手法を加えることは、非常に簡単に(低費用で)出来るようになってきています。

例えば

<参加者に生活文脈に関係するものを持参させる>
→ これは、弊社のオンラインインタビュー等を利用すれば、持ってきてもらわずとも普段の生活で使っているものや生活現場を簡単に見ることが出来ます。

<事前に写真を撮ってきてもらったりする>
→ これは言うまでもなく、スマートフォンや携帯電話を使えば簡単に実現できますね。スマートフォンを使えば写真のみならず動画を撮ってもらうみたいなことも可能ですね。

<事前に日記をつけてもらう>
→ 今は、オンライン上で日記調査が出来るプラットフォームを提供している会社様も多々あります。

<グルイン後に自宅にコンセプトを持ち帰ってもらい再度集まってもらう>
→ 対象者に2回集まってもらうのは、対象者の負担が増えたり、会場費が2倍になったりで結構費用がかかったりしますが、この2回目のインタビューをオンラインに変えると、このような点もクリアされます。また、対象者とオンラインでつながっていれば、毎日、対象者からコンセプトに対する評価や意見を聞くといったことも簡単に実施出来ます。

皆さんいかがでしょうか。IDEOが主張する追加手法が簡単/低費用で出来るのであれば、実施しない手はないですね。このようなことを、すでに実施されている方も少なくないかとは思いますが、もしまだの方は次回のグループインタビューを企画する際にはご検討されてはいかがでしょうか。