少し前までは定性調査といえば(会場で実施する)グループインタビューやデプスインタビューとほぼ同義語でした。しかしながら、このコラムで紹介させていただいていますように、近年ではインターネットを利用した様々な新しい定性調査手法が登場してきています。
しかしながら、単に新しければよいというものではありません。定性調査を利用するみなさんにとっての一番大事な事は、その手法によって、定性調査に期待されている「深い」情報が得られるのかどうかということではないでしょうか。では果たして新しい定性調査では「深い」情報が得られるのか?今回は、この根源的な疑問に関して、興味深い議論がありましたので紹介させていただきつつ考えてみたいと思います。
なお、以下の議論を紹介する前に、1点ご注意いただきたい点があります。以下の議論におけるオンライン定性とは、オンライン上での掲示板スタイルでのディスカッション(いわゆるオンライングルイン)と考えていただきたいという点です。ご存知のようにオンラインによる定性調査は、弊社で実施しているWebカメラを利用したフェースtoフェースのリアルタイムのグループインタビュー・デプスインタビューや、スマートフォンを利用したエスノグラフィ的なもの等々、様々なものがありますが、これらをひっくるめてオンライン定性としてしまうと、訳がわからなくなってしまいます。以下の議論におけるオンライン定性とは、あくまで「オンライン上での掲示板スタイルでのディスカッション(以下オンライングルインと記します)」であるとお考え下さい。
また、この「オンライン上での掲示板スタイルでのディスカッション」は、(少人数、短期間で実施される日本型の)MROCのベースとなっているものだと思いますので、MROCに関連する議論であると考えてもよいのではないかと思います。
※ 未だに、オンライングルインと日本型MROCの違いがよくわかっていない私です(苦笑)。間違っていたらすいません。
オンラインでは深さは得られないという主張
まずは、ESOMARのHPに載っていたオンライングルインでは深さは得られないという主張です。主張しているのはAvery Dennison社のEdward Appleton氏で、以前紹介したGRITのウェビナーに出てきた人です。
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Can Online Qualitative Research Be Potentially Misleading?
オンライングルインはミスリーディングな結果を招くかも?
Edward Appleton, Senior European Insights Manager, Avery Zweckform
http://rwconnect.esomar.org/can-online-qualitative-research-be-potentially-misleading/
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以下、Appleton氏の主張を紹介させていただきます。
- オンラインとオフラインで比較されたトピックは感情を刺激しがちなもので「移民」と「性差別」に関するものであった。全対象者10名のうち5名は、最初オフライン(フェースtoフェース)でディスカッションを行い、その後、オンラインでディスカッションを行った。残りの5名は逆で、オンライン→オフラインの順でディスカッションを行った。
- この実験からの大きなファインディングスは
1. オンライン上のパーソナリティは、実生活のそれとは大きく異なる
2. オンラインとオフラインで発せられるオピニオンは大きく異なる
ということであった。例えばオンライン上で政治的に過激な発言をする人が、実生活では柔和なITマネジャーだったといったことがあった。
そして最も大きなファインディングスは
3. オンラインで見えるものは真実の一部に過ぎない
ということであった。人間は様々な側面(パーソナリティ)を兼ね備えており、場面によってどのようなパーソナリティであるかを使い分けているのである。そして、このことはオンライングルインを実施する上で注意深くならないといけない点である。
- もちろんオンライングルインには「地域を選ばない」、「移動時間がいらない」、「費用が安い」、「そのまま発言録として使える」といった明確なアドバンテージがあることは確かである。しかしながら、例えばコミュニティリサーチ(MROC)のような長期にわたる継続的な調査であっても、オンライングルインだけに頼るのには限界があると考えるべきである。
- 最もよいアプローチは様々な手法を組み合わせて、様々な角度からアプローチし、対象者を理解することである。ただ、そうすると費用と時間の問題が発生する。しかしながらその費用と時間がないからといって、単一のオンライングルインだけで済ませてしまうと、調査トピックによってはミスリーディングな結果を得てしまうと思われる。
- 調査目的が単純なもの、例えばコンセプトを評価するとか、パッケージデザインを評価するとか、広告コピー案を評価するみたいな場合は、オンラインディスカッションは上手く機能するかもしれない。しかしながら、態度や行動をより理解するといった、もう少し調査テーマがより広範、複雑、繊細な場合な場合や、友人、メディア、家族、職場環境といった文脈に依存する場合は、オフライン(フェースtoフェース)でのインタビューが必要である。
- オンラインディスカッションによるコミュニケーションは、基本的には「書き言葉」のみであり、オフラインのグループインタビューで得られる、対象者の服装、目や顔の表情、ボディランゲージといったものは得られない。これが意味することは、調査する側は、対象者がオンライン上に書いた、言葉のニュアンス、繊細さ、トーン、ユーモア、皮肉といった書き言葉を解釈する能力が非常に優れていなければならいということである。しかしながら、それはなかなか難しいことである。
- 結論として、調査目的が単純なものであれば、オンライングルインもありかもしれないが、その際も、我々はオンライン上での対象者のパーソナリティが実生活のそれとは違うことを頭に置いておくべきであろう。なので、オンライングルインはコストが高くなってしまうのは承知の上で、オフラインと併用されるべきであろう。
オンライングルインの方がオフラインより深いという主張
続いて、Revelationという米国にあるオンライン定性調査会社のCEO であるSteve August氏のAppleton氏の主張への反論記事を紹介させていただきます。
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Going Deeper with Online Qual
オンライン定性で深い理解を得る
Steve August, CEO Revelation
http://rwconnect.esomar.org/going-deeper-with-online-qual/
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- Appleton氏は、「オンライン定性では真実の1面しか見ることができない、定性調査で『深いインサイト』を得たいのであればオフライン(フェースtoフェース)のインタビューをするべきだ」と主張している。しかしながら、私は、2004年からオンラインによる定性調査に深く関わってきたものとして、またPeter Totman氏のプレゼンテーションに参加したものとして、その主張は正しくないということを言いたい。
- オンライン上とオフライン上では人は違うことを言う傾向があるというのは一般的に思われている考えだが、それはオンライン/オフラインといった単純な話ではないのではなかろうか。例えば同じオンライン上でもFacebook、Twitterといった公共のオンライン上と、よりプライベートなオンライン空間とでは、人は異なる行動/発言をするのではないだろうか。また、多くの人は、見知らぬ他人と一緒のグループの中にいる場合と、1対1での空間においては行動や発言は異なるものだと思う。
- 私はこれまでの10年間、正しい調査デザイン、モデレーター、プラットフォームがあれば、オンライン上で対象者の深いホンネの発言や、素直な感情表現や行動に近づくことが出来るということを経験してきた。むしろ、それはオンラインだからこそ出来たのではないかと思う。
- 確かに、オンライングルインでは対象者の表情やボディランゲージを見ることは出来ない。しかしながら、オンライングルインでは対象者の継続的な経験や発言にアクセスすることが出来る。これは、対象者の行動や感情の深い理解を得るために非常に有効な手段である。様々なリサーチ手法には強みと弱みがあるが、深さがないというのは、必ずしもオンライングルインの弱みとは言えないと考える。
- センシティブなトピックではむしろオンライングルインが適している。オンライングルインに参加する対象者は匿名なので、言いたいことを遠慮なく言うことが出来る。またウェブ、特にモバイルを使うことによって対象者は、記憶され合理化される前の、その瞬間の経験(in the moment)について語ることも出来る。
- あるトピックに関して対象者を理解する際には、1対1のインタラクションは、より「作り物っぽさ」がなくなる。なので、オンライングルインでは、グループとしての意見収集と、1対1での意見収集を組み合わせるのが有効で、そうすることによって、その対象者の全体像を理解することが出来る。また、そのようなことが出来るのはオンラインならではである。
- 結局のところ、オンラインでもオフラインでも、どのような調査手法においても、ミスリーディングになりうる可能性がある。誘導の質問があったり、グループダイナミクスがないグループであったり、貧弱な調査設計であったり・・・リサーチャーとして、このようなことを理解してコントロールすることが重要なのではないだろうか。
またまた反論
このAugust氏の意見に対して、Appleton氏が再度反論をしています。
- Facebookのようなオープンな空間よりも、プライベートな空間で、人はよりオープンになるという意見には同意する。
- ディスカッションされるトピックも、この議論をするにあたっての変数だと思う。Totman氏の実験は移民や性差別といった感情的になりやすいトピックであった。そして、これらのトピックに対する感情は通常2面性があるものだと思う。だから、意見を言う環境によって、違うことを話たりしがちなトピックではないかと思う。かといって、それはウソを言っているという訳ではない。矛盾していても、どちらもホンネであるということはあり得るのではないかと思う。
- ここでもう一つ問題を提起したい。話し言葉と書き言葉によるコミュニケーションの違いである。オンライン上で「書く」ということは、デジタル上に記録として残るということ。それと比べて話し言葉による表現は、本質的により制約が少ないのでよりオープンな表現が出来るのではないだろうか。
- 私も、August氏が言うように、対象者の全体像(真実)を理解するには、対象者を観察し話を聴くことを継続するということはとても大事だと思う。また様々な角度から理解するということも。そしてコンテクストというものが重要だと思う。意見が、どのような状況で変化したのか、誰と一緒だと変化したのかといったことを理解することも大事だと思う。
- オンライングルインには、エリアが限定されない、in the momentでの意見収集、継続的な意見収集、コストといった有利さがあることは否定しない。しかし、やはりフェースtoフェースのインタビューが加わらなければ、トピックによっては表層的な理解しか得られないのではないかと考える。
で、結局結局オンライン定性は深い話が聞けるの?
二人の主張は以上なのですが、実はもう一人この議論にコメントをしている人がいて、(Susan Bellという、オンライングルインもオフライングルインも両方実施しているリサーチャーだそうです)、その方がオンライングルインについて指摘している点も紹介しておきます。
「私の経験から、私は以下の2つの理由でオンライングルインは、フェースtoフェースよりも、より深さを得られると考えている。
- オンライングルインでは、対象者はモデレーターの質問を読むことが出来る。そして、議論に参加するまでの数時間、その質問に対する答えに考えをめぐらすことが出来る。だから、私たちは、オンライングルインでは、オフラインのグルインの「今、答えを頂戴!」といったプレッシャーのある中での質問に対する答えではなく、もっとじっくりと考えられた質問に対する答えを得ることが出来る。
- オンライングルインでは、対象者は、他者に邪魔されることなく自分の考えを表現できる(オフラインのように話している途中にモデレーターが話を遮ることはない)。私たちは、オンライングルインにおける、質問に対する各対象者の答えは、オフライングルインよりも長く詳細である傾向にあることを経験している。
上記の2点に加えて、地域を選ばないという理由で、私はオンライングルインを利用している。」
最後に上記議論の中で出た話ではありませんが、今回のトピックに関連する興味深い実験を見つけたので合わせて紹介しておきます。ドイツのシュツットガルトにあるipi Institute社が実施したオフラインのグルインとMROCを比較した実験です。
詳細は下記リンクをお読みいただきたいのですが、この実験から、著者は、
「オフラインのグルインとMROCでは得られる情報に大きな違いはない。ただし、オフラインのグルインと比べてMROCはモデレーターのグループコントロールが難しく、また負担が大きくなるので、オフラインに比べてMROCが有利なケースは「トピックが繊細な場合」、「全国や海外プロジェクト」、「ホームユーステストやダイアリーと組み合わせた調査」、「インタビューガイドが決まっていない探索的なディスカッション」に限定される」
と結論づけています。
(ipi Institute社の実験)
http://www.slideshare.net/Tackelberz/market-reserach-online-community-versus-focus-group
さて、ここまでの議論をお読みになって、皆さんはどう思われましたでしょうか。オンライン上での定性調査(オンライングルイン)は、オフライン定性調査と同等、もしくはそれ以上の「深さ」が得られると思いますか?
と、ここまで書いておいて、今更言い出すのは恐縮なのですが、そもそも定性調査の「深さ」とはいったい何なのでしょう。「オンライン定性は深い話が聞けるの?」という問いに答えるには、そもそも定性調査の「深さ」とはどういうことなのかを考える必要があります。この点に関しては人それぞれの意見や解釈があるのだと思いますが、私は、えとじやさんのブログを読んでとても考えさせられました。
(えとじやさんのブログ)
http://blog.etojiya.com/archives/8337045.html
まとめの部分を引用させていただくと
「結局のところ、重要なのは、消費者や調査方法、ではなく、自分の視点や発想の転換、なのかもしれません。そして深掘りすべきは、消費者の意識というよりは、マーケター自身の考え、なのでしょう。なぜ、どうして、どういうことだろう、とまずは自分で考える。すでにわかっている・知っていると思い込んでいたり、たいして重要ではないと思い込んでいる、すでにわかっていることの中に、重要なことが隠れていたんじゃないかと、しっかり疑ってみる。するときっと、消費者調査は優れた刺激として、あなたにヒントをたくさん与えてくれます。調査という刺激の前後を通じて発見された、マーケターであるあなた自身の知識や経験、仮説や発想こそが深掘りの産物なのかも知れません」
とあります。
私は、これを読んで「深い」定性調査とは、マーケター/リサーチャーを「深く刺激することが出来る」定性調査であるとも言い換えてよいのではないかと思いました。そう考えると、オフラインの定性調査で使われる話し言葉コミュニケーション<声のトーン、表情、ボディランゲージ等も含む>)とオンライングルインで使われる書き言葉のみによるコミュニケーション)の差は非常に大きように思います。
よくグループインタビューを現場で実際に見るのと、インタビューを全く見ずに後で発言録や報告書を読むのでは納得感が全然違うと言われます。これは、マーケター/リサーチャーは、現場で、対象者の発言内容に加えて、声のトーンや、表情、ボディランゲージ等によって深く刺激されているということかと思います(もっともこれがバイアスにつながるという意見もありますが・・・)。もちろん発言録には、対象者が話した言葉が全て書かれていますし、報告書には、知りたい質問に対する答えが書いてあります。しかしながら、文字化されたものを読んでも納得感が弱いということは、書き言葉によるコミュニケーションでは、マーケター/リサーチャーを「深く刺激する」ことが難しいということなのだと思います。
もしかしたら、マーケター/リサーチャーが、オンライングルインの全てのディスカッションに関わり、ライブ感を感じたら、刺激を受けるという点で、少し話は変わってくるのかもしれません。しかしながら掲示板をつかったオンライングルインは通常数週間続きます。なので、モデレーターの人はともかく、マーケター/リサーチャーの人がそこで行われるディスカッション全てに付き合うのは非常に難しいことです。となると、必然的に後で報告書を読むだけになってしまう・・・こういう点でも、オンライングルインはマーケター/リサーチャーを深く刺激するという点で難しい面があるように、私は思うのですが、皆様のご意見はいかがでしょうか。
ただ、オンラインには、「地域を選ばない」、「費用が安い」、「in The Momentを捉えられる」、「対象者と継続的な関係を作れる」等々の様々なメリットがあることは間違いありません。なので、こう聞いてみたくなりませんか?「地域を選ばない」、「費用が安い」、「in The Momentを捉えられる」、「対象者と継続的な関係を作れる」等々のオンラインならではのメリットがありながら、かつ対象者の声のトーン、表情、ボディランゲージ等から刺激を受けることが出来て、かつ対象者の生活現場を見ることが出来て更に刺激が受けられるようなオンライン定性手法なんて、ないですよね・・・」
「あるよ」(https://www.teisei-ishin.co.jp)
(って結局、宣伝かよって・・・ ヾ( ̄o ̄;)オイオイ)