新年最初のメルマガということで、 今回は定性調査というものを改めて見直してみたいと思います。定性調査の価値ってどこにあるのでしょう?
本メルマガをお読みいただいている皆様の中には、 定性調査の専門家の方もおられる一方で、これまでにあまり定性調査を実施されていない方もおられます。JMRAの調査によると、我が国のアドホック調査における定性調査の売上割合は約15%のみです。定性調査が定量調査程、 実施されないのには様々な理由があるのでしょうが、その最大の理由は、定性調査を実施する価値があまり理解いただけていないということかと思います。
しかしながら、弊社は、クライアントの皆様にもっと定性調査を実施していただきたいと考えています。なぜなら、定性調査にはそれだけの価値があると考えるからです。
では、定性調査にはどのような価値があるのか・・・それには、定性調査から大ヒット商品が生まれた例を示すのが最もわかりやすいと考えました。そこで、今回は、皆様よくご存じのP&Gのファブリーズの大ヒットが定性調査によって生み出されたストーリーを紹介させていただきます。このストーリーを読めば皆様にも、もっともっと定性調査をしなければ・・・と思っていただけるのではないかと思っています。なお、以下のストーリーは昨年のNew York Timesに掲載されていた記事をベースとしています。
最初は全く売れなかったファブリーズ
1990年代半ばには、プロクターアンドギャンブル社(以下P&G)は、悪臭を根絶することができる新製品を開発するための極秘プロジェクトを開始しました。 そして数百万ドルを費やし、タバコの臭いがついたブラウス、臭いがついたソファ、古いジャケットやシミのついた車のシート等に噴霧することができる無色で、安価で製造できる液体を開発しました。
この新製品<ファブリーズ>の上市のマーケティングのためにP&GはDrake Stimsonというかつてのウォールストリートの数学者やhabit specialists(生活習慣行動の専門家)を含むマーケティングチームを結成しました。そして、フェニックス、ソルトレイクシティ、ボイシでテスト販売と共に、テストされていたテレビCMの広告コミュニケーションのフックが適切で製品を使うことによるベネフィットも消費者に響いていることを確認しようとしました。
最初の広告は、レストランの喫煙席での女性の会話を描いたものでした。一人の女性が、
「喫煙席だとジャケットにタバコの臭いがついてしまって困ってしまうは・・・」
といったところにもう一人が
「ファブリーズを使えば臭いは消せるのよ」
といったようなシンプルな内容です。
この広告コミュニケーションのフックは「たばこの煙の嫌な臭い」で、広告コミュニケーションが協調する製品ベネフィットは「服から嫌な臭いを消す」といった単純明快なものでした。
二つ目の広告はいつもソファの上に座っている彼女の犬、ソフィーを心配する女性を描いたものでした。
「ソファはいつもソフィーの匂いがしてしまう・・・」
と彼女は言うが、ファブリーズが登場して、
「私のソファはもうそんなことはありません!」
といった、こちらもシンプルかつ明瞭なメッセージが込められた内容でした。
ファブリーズの上市と共に、この二つの広告は膨大な量のオンエアが予定されており、マーケティングチームのメンバーは、「これは絶対に売れる。特別ボーナスが出たらどのように使おうかな」とワクワクしていました。
そして広告のオンエアから1週間が過ぎました。そして2週間がすぎ、1か月が過ぎ、2か月が過ぎました。しかしながらファブリーズに売り上げは一向に上がりません。むしろ徐々に小さくなっていきました。ファブリーズのテスト販売は完全に失敗となってしましました。
売れない原因を発見した定性調査
パニックとなったマーケティングチームは消費者宅の訪問し、何がどう間違っているのかを理解するために徹底的にデプスインタビューを実施しました。マーケティングチームのStimsonは振り返ってこう語ります。
「最初のヒントはフェニックス郊外の女性の自宅を訪れた際に発見しました。彼女の家は清潔で整理整頓されていました。彼女は自分自身が潔癖性の傾向があると語っていました。しかし、私とチームメンバーが彼女の家のリビングルームに一歩足を踏み入れた途端、9匹の猫が部屋の中を駆け回っており、その臭いに圧倒されました。」
私たちは彼女に尋ねました。
「あなたは猫の臭いについて、どのような対処をしますか?」
「臭いは特に気にしていないですよ・・・」と彼女は言いました。
「あなたは今、猫の臭いが気にならないのですか?」私たちは尋ねました。
「いいえ」彼女は言いました。「猫の臭いは全く感じないですよ。むしろ素晴らしいです」
同じようなシーンが、家庭訪問デプスインタビューを行った数多くの対象者宅で繰り返されました。そして、マーケティングチームは理解したのです。「彼女/彼らは、嫌な臭いに気づいていないのだ。もし9匹の猫と暮らしていればその人はその臭いに慣れてしまって、それが当たり前の臭いになってしまう。もしタバコをたくさん吸っていても、その人にとってはそれが当たり前で、タバコの臭いに慣れてしまい、その臭いは意識しなくなる。他の人にとっては、最強の臭いであっても、それに慣れてしまっている人には、なんてことなくなってしまう。これがファブリーズが売れない理由だ!」。
ファブリーズのマーケティングチームは、これまでの広告コミュニケーションのフックである、「日常の嫌な臭い」は多くの人にとってはフックになっておらず、広告コミュニケーションで伝えていた製品ベネフィットである「臭いを取り除く」は、まったく無意味なものであったことを、デプスインタビュー調査によって理解したのです。
それから、P&Gはハーバード・ビジネススクールの教授を採用してファブリーズの広告コミュニケーション案を練り直しました。そのために、彼らは、消費者が自宅でどのように掃除をしているかを撮影したビデオ映像を大量に収集し、人々の日常の生活習慣にファブリーズが取り入れられるための手がかりを探すため、何度も何度も映像を見直しました。映像からは何も明らかにならなかったときには、彼らは家庭訪問を行い、数多くのデプスインタビューを行いました。そして、アリゾナ州スコッツデールに近い郊外に住んでいる、子供が4人いる40代の女性を訪問したときにブレークスルーが来ました。
彼女の家は、完全に整理整頓されているとは言えないものの、きれいだったし、臭いの問題があるようには見えませんでした。家にはペットもいないし喫煙者もいません。しかしながら、チームの皆が驚いたことに、彼女はファブリーズを愛用していました。
「私は毎日使っていますよ」彼女は言いました。
「あなたはどのような臭いを取り除こうとしているの」メンバーは尋ねました。
「私は特定の臭いのためにそれを使用しているのではないのです」と女性は言いました。
「私は、通常のお掃除後にファブリーズを使用しています - いつも掃除が終わってからシュッシュッと2,3回スプレーしているわ」。
チームメンバーは彼女が家を片付け掃除する様子を丹念に観察しました。寝室では、彼女がベッドシーツを整えた後、ファブリーズを数回スプレーすることを知りました。リビングルームでは、彼女は、掃除機をかけ子供用の靴を拾い、コーヒーテーブルを整えた後、カーペットの上にファブリーズをシュッとスプレーすることを知りました。
「気持ちいいの」彼女は言いました。
「スプレーするのは、私が掃除を終えたことに対する一種のご褒美やお祝いといった感じかな」。
チームは、彼女が1本のファブリーズを約2週間で使い切ってしまうことも知りました。
彼らはP&Gの本社に戻ってからも、再びビデオ映像を何本も見直しました。そして、自分たちが犯していた間違いと、自分たちが求めていたものを見つけました。部屋のお掃除という習慣はすでに存在しています。あるビデオでは、女性が汚れた部屋(フック)に入っていき、掃除機をかけ、おもちゃを拾い(習慣)、それが済むと部屋を見わたし笑顔になる(報酬)といった様子が映っていました。
他のビデオでは、ぐちゃぐちゃになっているベッドシーツ(フック)を、まっずぐにし、毛布を整えて(習慣)、枕カバーを真っ直ぐに整えてほっとしている(報酬)シーンが映っていました。
当初P&Gのマーケティングチームは、ファブリーズによって消費者の中に、臭いを取り除くという全く新しい生活習慣を作り出そうとしていたのですが、本当に必要だったことは、すでにある生活習慣の中に沿ったファブリーズの使い方を提案することだったのです。マーケティングチームはファブリーズのポジショニングを普段のお掃除の最後に達成感を味う製品に変更しました。
新しい広告とファブリーズの大ヒット
P&Gは、窓を開けてフレッシュな風が注ぎ込む様子をイメージしたプリント広告を作成しました。製品自体にも改良を行い、臭い取り除く成分だけはなく、フレッシュな香りが付く成分を配合しました。テレビCMは女性がベッドシーツを整え終わってからファブリーズをスプレーするシーンを描くといった内容のものに変更されました。
以降制作されるすべてのCMは日常の掃除習慣を強調するものになりました。例えば清潔になった部屋でファブリーズをシュッとスプレー・・・素敵な香りがご褒美といった内容や、ベッドを整え終わったら、ファブリーズをシュッとスプレーし甘い香りを楽しむといった内容です。ファブリーズは「部屋の嫌な臭いを取り除く」というコミュニケーション戦略ではなく、「あなたが習慣的に行っている普段の掃除終了後の小さなご褒美」といったコミュニケーション戦略を取られるようになりました。
このようにファブリーズは最初、嫌な臭いを取り除く画期的な製品としてポジショニングしようとされましたが、すでにクリーンになったお部屋のためのエア・フレッシュナーとしてポジショニングされるようになりました。そして、このポジショニング変更後、売り上げは1998年の夏を契機にV字回復を果たしました。2か月の間に売り上げは倍増、1年後には2億3000万ドルにまで売り上げを伸ばしました。今では、様々なブランドエクステンションも行われており、ファブリーズ・ブランドのロウソクや洗剤も登場しています。今では、年間10億ドルの売り上げを誇る世界でも有数のブランドに育っているのは、皆様ご存じのとおりです。
(終わり)
皆様、いかがでしたでしょうか。P&Gも、今では、ファブリーズが、日常に甘いフレッシュな香りを加えるといったコミュニケーションに加えて、部屋の嫌な臭いを取り除くというコミュニケーション戦略も取るようにしています。(最近では、除菌やハウスダスト対策用といったラインエクステンションをしたりもしていますね)。
しかしながら、当初、米国では、この部屋の嫌な臭いを取り除くというコミュニケーション戦略は全く機能しなかったとのこと。その理由を定性調査によって丹念に解明し、定性調査から発見されたヒントをもとに新しいマーケティング戦略を打ち立て、それが大ヒットにつながりました。
もちろん、この戦略転換の途上では様々な定量調査も実施されていたかと思います。ただ定量調査だけでは、決してこのような消費者理解と新しい戦略立案は決してできなかったことでしょう。定性調査による生活者の理解が、ともすれば当初全く売れずに消え去ってしまう可能性もあったファブリーズを大ヒットさせたといっても過言ではないかと思います。
定性調査の専門家の皆様も、今は(定量調査だけで)定性調査をあまり実施していない皆様にとっても、今回のコラムが、改めて定性調査の価値を見直すきっけになれば嬉しいと考えております。そして、弊社は、本年度も、このように価値がある定性調査が、皆様にとってもっと使いやすくなるように、もっと様々な新しい発見ができる手法になるように、様々なサービスを開発し提供させていただきたいと考えております。
皆様、本年度もよろしくお願いいたします。