Facial Codingの進化

約2年前になりますが、本コラムにおいてFacial Coding(顔表情分析)について書かせていただきました。その後、この技術は進歩をとげ、今やFacial Codingはオンライン上で実施することが出来る時代になっています。それに伴い、リサーチ業界においても、この技術の利用がかなり増えているようです。

今回は、このFacial Codingがどのように進化を遂げているのか、また定性調査におけるFacial Codingの活用事例について紹介させていただければと思います。

オンライン上で実施するFacial Coding

Facial Codingに関しては以前にも書かせていただいていますので、詳しくはそちらをお読みいただければと思いますが、最初に少しだけ過去の記事から抜粋して紹介させていただきます。

(以前の記事はこちらです)

Facial Codingはポール・エクマンというアメリカの心理学者が考案した、FACS(Facial Action Coding System、顔動作記述システム:以下Facial Codingと記述)をベースに発達してきました。

この、Facial Codingは、顔の筋肉の動きから、その人が現在どのような感情を抱いているかを分類しようとしたものです。エクマンは長年の研究から表情が文化依存的ではなくて人類に普遍的な特徴であり生得的基盤を持つことを明らかにしました。そして人間の基本的な感情は怒り、嫌悪、恐れ、喜び、悲しみ、驚き、軽蔑の7つに分類されるとし、顔の表情から、その人の感情を分類出来るようなシステムを作りあげました。

従来のアンケートやインタビューといった言葉による調査の限界が叫ばれている我がマーケティングリサーチ業界においても、このFacial Codingを利用して、無意識の意思決定プロセスや言葉にできない感情を測定し、消費者理解に役立てようと研究が進んでいるのは、皆さんよくご存じかと思います。

さて、これまでFacial Codingを使ったリサーチは、対象者を会場に集めて実施するのが一般的でした。まずはリクルートした対象者に会場まで来てもらい、調査したいテレビCMを見てもらい、その見ている表情を録画させてもらいます。そしてその録画ビデオを、顔表情の読み取り(コーディング)の専門家が分析したり、分析用のソフトを使ったりして分析するといったように行われていました。しかしながら、最近はこのデータ収集(顔の表情の撮影)を、WEBカメラを利用してオンライン上で(もちろん対象者は自宅にいながら)実施する技術が発達してきているようです。

この技術を提供している代表的なサービスは米国マサチューセッツを本拠とするAffectiva社が提供しているAffdexです。詳しくは、Affectiva社のサイトを見ていただければと思いますが、Affectiva社のサイトではAffdexについて以下のように説明しています。

(Affectiva社のサイトはこちら)

http://www.affectiva.com/

<あなたの広告やメディアコンテンツの持つ感情パワーを明らかにします>

Affdexは広告、コンセプト、その他メディアコンテンツに対しての非言語のスポンテニアスな反応に関するリアルタイム・インサイトを提供します。Affdexは詳細な感情反応を、低費用でスケーラブルに科学的に測定します。特別な機器や手間も必要ありません。

人間の表情は、複雑な感情を瞬時にコミュニケートできるように進化してきました。AffdexはパソコンについているWEBカメラを通して得た顔の表情から、コンピューターを利用してリアルタイムに、明確で信頼できる形で感情を測定します。

Affdexはあなたのコマーシャルに対しての個人レベルおよびアグリゲートレベルでの感情反応を明らかにします。分析によって作成される「Moment-by-momentグラフ」はあなたが最も頼りにすることが出来る情報です。また、セグメントごとにどのように反応が違うのかといった分析も可能です。

※ 実際どのようなアウトプットが出るのかは、ぜひサイトをみて確認していただきたいのですが、この「Moment-by-momentグラフ」がキーアウトプットとなります。Moment-by-momentグラフは「Surprise(驚き)」、「Smile(笑顔)」、「Concentration(集中度)」、「Dislike(不快感)」、「Valence(パワー)」、「Attention(注目度)」、「Expressiveness(表現力)の7つの分析軸でグラフは描くことが出来るようです。

※ WEBカメラをお持ちの方は、デモサイトでサンプルCMを見つつ自分の顔の表情を測定できるようになっています。興味のある方は試してみてはいかがでしょうか。ただし、「撮影した顔の表情を世界中にシェアしてよいですか?」と聞いてくるので、嫌な人は押すボタンを間違えないように、ご注意ください。

Millward Brown LinkテストのAffdex採用

皆さん、Millward Brown社のLinkテストというのをご存じでしょうか。外資系の調査会社の方や、外資系のクライアント様をご担当の方はよくご存じかと思いますが、世界的に利用されている(たぶん世界で最も利用されている?)広告プリテストです。

2年前の2013年1月、Millward Brown社はユニリーバ―社とコカコーラ社が、2013年度の全てのLinkテストにおいて、Affdexを利用したFacial Codingを利用するというアナウンスを行いました。

http://www.mrweb.com/drno/news16665.htm

たぶん、2013年度、この両社からのFacial Codingに対する評価は上々だったのだと思います。その後、2014年1月に、Millward Brown社は、Affectiva社と複数年の契約を結び、LinkテストにAffdexを標準で組み合わせるという決定も行いました。

http://www.mrweb.com/drno/news18523.htm

マーケティングリサーチユーザーとして世界をリードするユニリーバ―社とコカコーラ社がFacial Codingを利用し始めたというのは、他クライアントにも非常に影響力のあるインパクトのあるニュースですね。

ちなみに、私、昔(ネットリサーチのなかった時代)かなり広告テストに関わっていた時代が合って、その当時、LinkテストやASIテスト等の広告プリテストは会場テストで実施していました。会場テストでは、テレビCMを見てもらいながらゲームのジョイスティックみたいなものを使ったり、ダイアルを左右に回してもらったりして、どのシーンでポジティブに思ったか、どのシーンでネガティブに感じたかといった「興味曲線」といったものを測定していました。その後、ネットリサーチに移行して、この興味曲線をどのように測定しているのだろうと思っていたのですが、Linkテストでは、その替わりにFacial Codingを利用するようになったということでしょうか。

Facial Codingを利用したオンライン定性調査

上記で紹介させていただいたようにFacial Codingは着実にリサーチ分野での活用が進んでいるようです。ただし、Linkテストは定量調査です。もう一方の定性調査の分野において、Facial Codingはどのように活用できるのでしょうか。

この2月に、グルインのライブ中継でお馴染みのFocusVision社と定性調査を専門とするElevated Insights社の共同によるWebinarがありました。次に、このWebinarからオンラインFacial Coding(Affdex)を利用した定性調査の事例について紹介させていただきます。

+++ Digital Qual and Facial Coding: Adding High Tech Tools +++

DEBBIE BALCH – Founder and President, Elevated Insights

TIM LYNCH – Qualitative Evangelist, FocusVision

(このWebinarはこちらで見ることができます)

http://www.greenbook.org/marketing-research/digital-qual-and-facial-coding-adding-high-tech-tools-1001171

ちなみに、Elevated Insights社とFocusVision社の共同Webinarなのですが、実際にはElevated Insights社が有名なFocusVision社の名前を使わせてもらって開催したような感じです。Webinarの冒頭はFocusVisionのTIM LYNCH氏の話なのですが、ほとんどFocusVision社の宣伝みたいな内容なので(個人的には興味深かったですが)紹介は割愛させていただきます。という事で、以下はElevated Insights社のDEBBIE BALCH氏の発表内容です。

(ここから発表内容です)

今日は、様々なリサーチ手法を組み合わせることよって、全国展開している某クライアントの広告キャンペーンを評価した例を紹介します。使用したのはFocusVision社のリサーチプラットフォーム、Affectiva社のオンラインFacial Codingシステム。この二つのテクノロジーを使って、我が社(Elevated Insights)の8名のモデレーターが実査、分析を行いました。

<背景>

まず、最初に調査の背景を説明します。我々のクライアントは、ターゲット消費者の琴線に触れるようなエモーショナルにアピール出来るような広告キャンペーン・・・「我々は、あなたのことを理解している」というメッセージを伝え、ターゲットの共感を得るようなキャンペーンを展開したいと考えていました。また、エモーショナルな共感を得ることによってソーシャルメディアでキャンペーンが拡散していくことも目指していました。

そこで、広告代理店から4種類のテレビCM案(アニマティクス・・・静止画像と音声を組み合わせた広告素案)が提案され、どの案がターゲットに対して最も効果的であるか、どの案を最後(finished)にまで作りこむかを判断したいと考えていました。

同時に、60秒のCM案が作成されていたのですが、これを30秒に短縮する必要もありました。そこでクライアントは伝えたいメッセージを効果的に伝えるために、どの部分を残して、どの部分をカットするかを判断しなければなりませんでした。

ちなみに、私はこれまで様々なセミナー等に参加してFacial Codingの有益性や定量調査での活用が増えていることを知っていました。一方で、定性調査での活用事例は見たことも聞いたこともなかったので、定性調査にも利用できるのではないかと考えていました。

キャンペーンのゴールがオーディエンスのエモーショナルに共感を引き起こすことでことなので、CMを見たときにオーディエンスに沸き起こる感情を理解する必要があります。同時に、CMの各部分がなぜよいのか、なぜよくないのか、どのように改善すればよいのかを理解するためrationalなフィードバックも必要としていました。CMのメインターゲットは、やや年配の男性です。これまでのCMの定性的評価の典型的なアプローチであるグループインタビューでは、このセグメントの人をグループにして感情的なCMを見せても、周りの人の目を意識して素直に反応してくれないのではないかという心配がありました。なので、自宅でのOne on OneのシチュエーションでCMを見たときの反応を探りたいと考えていました。

<アプローチ>

対象者は全米から80名が5つのセグメントに分けてリクルートされました。リクルートに要した時間は約1週間です。そして、実査~リコメンデーションに1週間要しましたので、プロジェクトは実質2週間以内で終了しました。

実査に関してもう少し詳しく言うと、1度に4本のアニマティクスを見て評価を得るのは回答負担が大きすぎるので、実査日は2日に分けて行われました。月曜日に最初の2本のアニマティクスを見てもらい、翌火曜日に残りの2つのアニメティクスを見てもらい評価を得ました。もちろん、見てもらうアニマティクスの順番はローテションする必要がありますし、全米は時差があるので、対象者に参加してもらう時間のコントロールは極めて困難です。ここでFocusVision社のリサーチプラットフォームが役立ちました。

調査のステップは3段階に分かれます。

最初にAffectiva社のオンラインFacial Codingシステム(Affdex)を使い、各アニマティクスにおいて、感情の起伏がどのようになっているか、感情のピークがどこにあるかを理解しました。

次のステップは電話インタビューです。テレビCMを評価する調査においてグループインタビューがなぜ人気があるのかというと、グルインではCMを見た直後の反応を理解しやすいからだと思います。CM評価において、CMを見た直後の第一印象をヒアリングすることは非常に重要です。なので、我々はCM視聴直後の反応を知りたかったので、視聴直後に我々の8名のモデレーターが分担をして電話によるインタビューを行いました。

この際インタビューのポイントは、Affdexの結果を対象者に示しながらインタビューをするということですAffdexでは結果(Moment-by-momentグラフ)がすぐに描きだされます。インタビュアーはその結果を見ながら、また対象者はアニマティクスを再度、再生しながら、

「我々(インタビュアー)のデータ分析によると、あなたはこのCMの15秒の付近で、興味が非常に上がっているように見えます。どうしてなのでしょうかね?」

といったインタビューを行いました。

最後のステップは、その後のオンラインアンケートです。電話インタビューが終わった後に、FocusVisionプラットフォームを使ったアンケートサイトにアクセスしてもらい、メインメッセージは何であったかや、好きな点、嫌いな点、理解出来ない点、信じられるか等を回答してもらいました。

<ファインディングス>

まず、我々がこの調査で最もよかったと思ったことは、対象者が自宅にいるということでとてもリラックスしていたということです。ある対象者からは、すすり泣きをしている様子が伝わってきました。またある対象者からは、ため息をついていることがわかりました。このようなリアクションは、会場で実施する調査では決して得られないことだと思います。

また、もちろんAffdexのMoment-by-momentグラフの結果をアニマティクスごとに、またセグメントごとに比較し、どの広告案が最もポジティブな感情を引き起こしているのかを客観的かつ詳細に理解できたのもよかったです。

また、即座にMoment-by-momentグラフを得ることが出来、その理由を対象者に質問できたこともよかったと思います。単にMoment-by-momentグラフの結果を得るだけであれば、そこで、対象者に何が起こっていたのかを理解できません。電話インタビューを組み合わせて、対象者にその理由を様々な角度からヒアリングすること感情の起伏に理由について理解出来、それは今後のアクショナブルな提案につなげることが出来ました。

例えば、ある対象者のMoment-by-momentグラフはとても起伏が激しく、ポジティブとネガティブを行ったり来たりしていたのですが、インタビューによって、各シーンで対象者が何を感じていたのかを理解することができました。

最後に、様々な手法(Affdex、電話インタビュー、ネットアンケート)を組み合わせるメリットについてお話したいと思います。

例えば、ある対象者のMoment-by-momentグラフを分析していたら、あるシーンで極端にネガティブな反応を示されていました。しかしながら、電話インタビューで話を聞いてみると、対象者はそのシーンでPCの近くに置いてあった携帯電話を落としてしてしまって、そのシーンで画面には注意を払っていなかったことがわかりました。そして、結局、この対象者のMoment-by-momentグラフの結果は分析対象から外したのですが、このようなことは電話インタビューを組み合わせていなければわからなかったことだと思います。

調査の目的であった60秒から30秒への短縮については、こちらはAffdexが映像のフレームごとに結果が出るのが非常に役立ちました。Moment-by-momentグラフの結果と、インタビューやネットアンケートからの分析で、何フレーム~何フレーム(何秒~何秒)までは、落しても大丈夫といった、明確なリコメンデーションをすることが出来ました。

<調査のその後>

その後、この調査で選ばれたアニマティクスは、フィニッシュドフィルムになり、オンエアされました。このキャンペーンに関するフェイスブックページは100万以上のViewと25000のShareを獲得し、当初の目的であったソーシャルメディアでの拡散という点で非常に成果を上げることが出来ました。もちろんクライアントはこの結果をとても喜んでいました。

また、余談ですが、今回のFocusVision社のリサーチプラットフォーム、Affectiva社のオンラインFacial Codingシステム、弊社の分析を組み合わせた広告の定性評価スキームは非常に効果的だということで、この度、弊社では“reADtions”というサービスブランドをスタートさせました。

(発表はここまで)

以上、オンラインFacial Codingを定性調査に活用した事例を紹介させていただきました。

80サンプルもあるので、これ定量調査じゃないの?とツッコミたい気もしますが(笑)、まあ最終的にどのような分析をしたのかは詳しく書いていなくてよくわからないので、それは置いておきましょう。ただ、Facial Codingを実施した直後に、そのデータを対象者と共有しながらインタビューをして深堀を行うというのは面白いアプローチだと思いました。ただこれも、Facial Codingで本人も意識していない感情を探っているのに、それを質問してどうするの?・・・とツッコミたい気持ちもあるのですが・・・(笑)。

さて、今回、紹介させていただいたLINKテストの状況や、定性調査への活用事例をお読みになって、皆さまは、今後のFacial Codingの活用についてどのようにお考えになりましたでしょうか。ユーザー側の皆様は機会があれば使ってみたいと思いますか?サプライヤー側の皆様はクライアントに提案してみたいと思いますか?

Facial Codingはオンライン上で手軽に実施できる時代がやってきました。また、詳しくは書いていませんが実施費用も従来のニューロ系の手法と違って、かなりお手頃価格で実施できるようです。こうなるとリサーチ手法として今後Facial Codingは急速に普及していくのでしょうか。

個人的には、以前も書いたように、出てきたアウトプットのバリデーションがどのように出来るかが、今後の普及のための最大の課題のように思います。出てきたアウトプットが実際の購買行動等の消費者の実際の意思決定を(従来の質問法と比べて)どれだけ正確に予測できるのかが証明されれば急激に利用が広まっていくと思います(ただ、その証明が難しいことも以前書いた通りですが・・・)。

また、我が国で活用する際の問題として、日本人特有の表情の乏しさをクリアできるのかみたいな課題もあるかと思います。WEBカメラを使った手法を専門としている私共からしたら、全ての対象者から問題なくオンライン上で顔の表情データを取得することにも、解決すべき課題があるとも思っています。

このようにFacial Codingには、まだまだ課題が多いものの、確実に利用しやすくなっていることも間違いありません。

「課題が多く見つかるコトは幸せなコト。そこに伸びしろがあるんですからね・・・」

なんて、じゅんいちさん・・じゃなくてホンダさんも言っていますので、今後の更なる進化に期待しましょう。