DIYオンライン定性調査についての考察

約2年前になりますが、本コラムにおいて「DIY定性調査は今後日本に浸透するのか?」という記事を書かせていただきました。それから2年たった今、日本においてDIY定性調査はどうなっているのでしょうか?

私の知る限りではありますが、日本でリサーチ利用者がDIY(Do-It-Yourself)で定性調査を実施できるサービスは、今もほとんどないように思います。とは言え、全く何も起こっていないわけではありません。この春にマクロミルさんが「ミルトーク」をローンチするなど、そろそろ火がつきそうな雰囲気が感じられます。たぶん、現在、定性調査ビジネスの次の一手として取り組みを検討している企業様も多いのではないでしょうか。

今回は、QRCA(Qualitative Research Consultants Association)が発表したペーパーからDIY定性調査が発展している海外(米国)における、DIY定性調査に関する考察を紹介させていただきます。現在、DIY定性調査に取り組んでいる皆様、今後取り組もうと考えている皆様にとっては参考になることも多いのではないかと思いますので、以下をぜひお読みいただければと思います。

(今回の記事は以下のペーパーを要約して紹介させていただいております)
Online Qualitative Research & the DIY Craze: How it’s Good, Bad and Always Changing Tamara

Kenworthy ― PCM, PRC, On Point Strategies
Layla Shea, ― Upwords Marketing Solutions Inc.




なお、DIY定性調査と言っても、その形は様々です。クライアントが自社で参加者を集めて、オフィスの会議室等でインタビューをするみたいなことも少なくはないかと思いますが、これも広義ではDIY定性調査ということが出来るでしょう。しかしながら、以下の文章における考察は、このようなリアルなFace To Faceでのインタビューは除いてお考えください。あくまで「オンライン」を使ったDIYによる定性調査に関しての話です。

また現在、海外では様々な「オンライン」のDIY定性調査サービスが登場しています。主流は掲示板形式のディスカッションやチャットを使ったインタビュー/ディスカッションのようなテキストベースの調査ですが、最近ではそれに加えて、写真や動画回収が可能なサービスも登場しています。またWEBカメラを使ったFace to Faceインタビューが可能なサービスも登場したりしています。最近は我が国でもクライアントがオンラインコミュニティを自社で運営しその中で商品開発のための調査をする(MROC)といったことも増えてきているようですが、これも広い意味ではDIYオンライン定性調査と考えられます。これらすべてがDIYオンライン定性調査とお考えになって以下をお読みにいただければと思います。

DIYオンライン定性調査のトレンド

まずは現在のDIYオンライン定性調査に見られる5つのトレンドを紹介する。

<トレンド1: DIY(Do-It-Yourself)からSelf-Serve(セルフサービス)への呼称の変化>

DIYオンライン定性調査のプロバイダーは、クライアントがDIYという言葉に感じるネガティブなイメージを避けるために「セルフサービス」という言葉を使うようになってきている。これは定量調査においても同様で、Survey Monkeyは2013年8月に「Self-Serve SurveyMonkey Audience」というサービスをスタートしている。

<トレンド2: オンデマンド、アジャイルなリサーチの広がり>

オンライン定性調査サービスの中に、とてもクイックに実施できる、リスクの少ない意思決定をサポートするためのサービスセグメントが登場しつつある。大規模パネルからオンデマンドで対象者をリクルートし、オンライン上でディスカッションしたりWEBカメラインタビューをしたりするのが可能な、1~2週間で調査が完結するサービスが増えている。このようなオンデマンドタイプの調査は、SurveyMonkeyの定性調査版のように見える。このようなサービス提供企業の一つであるDiscuss.IO社は、「我々が目指しているのは、従来の定性調査を置き換えるというよりは、定性調査が実施される量を増やすことを目指している。また、そこには非常に大きなオポチュニティがあると信じている」と話している。

一方で、いくつかのこのようなサービス提供企業からは、「最初はクライアントサイドのマーケターやインサイトマネジャーは、インサイトがクイックに安価に得られるということに非常にエキサイトするのであるが、時を経る
につれ、自分自身でツールを使っている時間はないことに気づきはじめ、次第に使わなくなる傾向があることも否定できない」という発言も聞かれた。

<トレンド3: activity-based researchの活用>

様々なオンライン定性調査サービスが様々なテクノロジーを取り入れつつサービスプラットフォームを進化させている。そして、従来型定性調査において様々なプロジェクティブテクニックが使われるように、オンライン定性調査プロジェクトの中でactivity-based researchと呼ばれる様々なタスクやアクティビティを実施することが出来るようになってきている。多くのDIYオンライン定性調査プラットフォームは、このような機能を兼ね備えており、利用者はこれまでテキストだけで対象者を理解していたのが、写真やビデオを使ってより様々な角度から対象者を理解することができるようになってきている。

<トレンド4: DIYからフルサービスへのビジネスモデル変化>

いくつかの企業はオンライン定性調査サービス提供においてDIY型からフルサービス提供型にビジネスモデルに変化させている。また当初は、DIYのみ提供だったのが、サービスラインナップにフルサービス提供を加えた例も見られる。ある企業においては、当初のDIY型サービスにフルサービスを加えたところ業績が飛躍的に伸び、今や80%がフルサービスになっているといった例も見られた。

<トレンド5 ソーシャルメディアの活用・・・Social intelligence>

我々はFacebookやTwitterのようなソーシャルメディアの発展を無視することは出来ない。そして、ソーシャルメディアリスニングもDIYで実施できるオンライン定性調査の一つと考えられるかもしれない。ソーシャルメディアリスニングは従来の定性調査の置き換えにはならないであろうが、定性調査リサーチャーやコンサルタント、そしてクライアントにとってクイックにインサイトにアクセスできる可能性のある新しいツールであるとも言えよう。

DIYオンライン定性調査の強みと弱み

DIYオンライン定性調査のSWOT分析を行った。SWOTは以下の通りである。


<Strength::強み>

  • 予算が抑えられる(ので多くの調査ができる)
  • テクノロジーを活用したリサーチが実施できる
  • 迅速に実施できる
  • 社内リソースを活用することができる/社内リソースのレベルアップを図ることができる。


<Weakness:弱み>

  • バイアスにかかった調査になる可能性がある
  • 経験不足のためインサイトを見逃す可能性がある
  • 経験不足のため時間がかかる可能性がある
  • モデレーションや分析に対しての専門家のサポートが得られない


<Opportunity:機会>

  • これまで調査なしで済ませてきた意思決定に対して、調査を利用される可能性が増える(調査の数が増える)
  • 顧客の声を、これまで以上に多く、簡単に聞けるので、マーケターはインスパイアされやすい


<Threat:脅威>

  • 適切ではない調査方法や分析によって得られた結論によって間違った意思決定がなされる可能性がある。

DIYオンライン定性調査の落とし穴に落ちないために・・・

ここでは、DIYオンライン定性調査を実施する際に注意すべきポイントを挙げる。


<リクルート>

どのような定性調査も、まずは調査目的に沿った対象者を探すことから始まる。しかしながら、対象者条件が複雑であったり、出現率が低かったりする場合等、プロフェッショナルな専門リクルーターを利用すべきであろう。なぜなら専門リクルーターがいなければ

  • 意図せずに対象者の行動にバイアスをかける可能性がある
  • 出現率の低い対象者を探すことができない
  • プライバシー保護や法令順守が守られない可能性がある

といったリスクを負う可能性があるからである。可能であればオプトインパネルと専門リクルーターを組み合わせたリクルートを実施すべきであろう。


<オンラインコミュニティの管理>

多くのDIYオンライン定性調査サービスを提供している会社が、クライアントは自分自身でオンラインコミュニティ(MROC)を運営することに興味を持っていると述べている。ブランドチームやインサイトマネジャーは、調査会社に運営を依頼した際に発生するコスト(フルサービスを受領するコスト)を削減することに興味があるのである。

このようなニーズに対応するようにオンデマンドツールを提供するサプライヤーが登場してきている。これまで調査を実施する際に発生していた数週間の準備期間といったもの取っ払い、思い立ったらその場ですぐに実施できるような調査サービスである。もしコミュニティを適切に運用することが出来れば、コミュニティを使ったリサーチは、単発でいくつもの調査を実施するよりも、コスト効率がよいことは言うまでもない。ブランドチームやインサイトマネジャーは今まで以上にリサーチを実施できるようになるのである。

しかしながら、フルサービスの費用が高い理由が、コミュニティのセットアップや運営に対して、サービス提供会社が莫大なリソースを注ぎ込み、注意深いケアを実施しているからであるということを忘れてはならない。例えばコミュニティを常に活性化させるためには、事前の注意深いプラニングと運営中の労力をかけたケアが必要である。コミュニティパネルは常にリフレッシュされ、またその動向は分析され、運営方法を微調整しなが
ら管理されなければならない。仮にブランドチームやインサイトマネジャーがリサーチの専門家であり、また社内リソースが豊富にあったとしても、このようなコミュニティ運営管理は経験のある社外の専門家に任せる方が賢明ではなかろうか。

<掲示板形式のグループインタビュー>

リクルート以外にも定性調査を実施する際には以下の3つが必要である。

  • ディスカッションガイドの作成
  • モデレーション
  • 分析/報告

この3つの点に関してDIYオンライン定性調査を実施する際の注意すべき点を記す。


+++ディスカッションガイド+++

自分でモデレーターをするにせよ、外部にモデレーターを頼むにせよ、クライアントが自分自身でディスカッションガイドを作成することがある。クライアントが過去にどれだけオンライン定性調査を実施していたとしても、プロフェッショナルなサポートを受けたものでなければ、それはベストなものではない可能性がある。特に、オンライン上でのディスカッションは、Face to Faceでのディスカッションとは違った側面があり、ガイド作成の際には、その点も考慮されるべきである。このようなことを考えると、ディスカッションガイド作成において、クライアントは全てを自分自身で作成してしまうのではなく、少なくとも専門家のアドバイスを受けるべきであろう。

+++モデレーション+++

テキストベースの非同期型オンライン定性調査(掲示板形式グループインタビュー)は、モデレーションをするのが最も難しい形式のひとつであろう。対象者の表情やボディアクションを読み取ることが出来ず、テキストだけに頼らなければならない。対象者の中には、すぐに反応する人がいたり、中々反応してくれない人がいたりで、どのタイミングでプローブを行うか、適切なタイミングを見計らうことも経験を要する。また、クライアント自身でモデレーションを行う際には、自分の望む方向に回答を誘導しないようにといった注意が必要であるし、
参加者に身分を悟られることによってバイアスをかけないようにするといった注意も必要であろう。


+++分析と報告+++

掲示板形式のグループインタビューにおいては、通常その発言量は莫大なものとなる。その発言集が100ページ以上になることもよくあることである。この莫大な発言から有意義なインサイトを見つけ出すことは簡単ではなく、経験を要する。このような分析においてもクライアントは全てを自分自身で実施するのではなく経験豊富な専門家を活用することを考えるべきであろう。

<ソーシャルリスニング>

前述のようにソーシャルメディアをDIYで分析するといったことを検討するクライアントもいる。しかしながら、ソーシャルリスニングは定性調査の置き換えと考えるべきではなく、定性調査を補完するものだと考えるべきであろう。

DIYオンライン定性調査をいつ利用すべきか

この問いに関しての回答を先に書くと、それは、あるビジネス上の課題に対して、その意思決定の難しさ(Comfort Level)と、もしその意思決定が間違っていた場合のリスクレベルとの兼ね合い次第であると言えよう。そして、DIYオンライン定性調査を利用するのに適切なのは

「その意思決定が間違っていた場合のリスクが低く、また、意思決定者が、たとえリサーチをせずに、直観やセカンダリーデータのみで意思決定してもある程度大丈夫(意思決定がComfort.=簡単)と感じるような課題に対して」

であるというのが答えである。


+++Tactical(戦術的) vs. Strategic(戦略的)調査+++

これまでオンライン定性調査はsynchronous vs. asynchronous(同期型 vs. 非同期型)という区分がされていたが、DIYオンライン定性調査は調査目的によって区分される傾向が見られる。


<Tactical(戦略的)プロジェクト>

コンセプト、アイデア、広告を最適化したりプロモーションアイデアをチェックしたりといった調査目的はビジネス意思決定におけるリスクが少ないためDIYを利用するのに適している。

<Strategic/Exploratory(戦術的/探索的)プロジェクト>

その意思決定が会社やブランドの将来に大きな影響を及ぼすようなプロジェクトにおいては、プロフェッショナルな定性リサーチコンサルタントによって実施されるべきであろう。

大規模な、より戦略的なプロジェクトにおいて、オンライン定性調査は対象者と新しい関係性を生み出すことにより新たな発見をすることができる。特に非同期型のリサーチは、単に質問をするだけではなく、ストーリーテリング、プロジェクティブテクニック、フォトコラージュ、コクリエーションといったような様々なアクティビティが可能である。一方でこれらのアクティビティは入念な設計や分析が必要で、多大な時間と労力が必要である。

+++DIYオンライン定性調査の利用が適している例+++

  • リサーチ予算のないスタートアップ企業がビジネスプランを検証したいとき
  • 広告代理店がクライアントプレゼンテーションにおいて顧客の声を取り入れたいとき
  • 従来型リサーチをする時間も予算もないが、ある程度の方向性を決めたいとき
  • マーケターのマネジメントに対するプロモーションコンセプトに関するプレゼンにおいてターゲットユーザーからのクイックフィードバックを取り入れたいとき
  • マーケターがコンセプトや広告開発において、調査を繰り返すことによって、そのアイデアを洗練させたいとき

なお、これらの、いずれのケースも利用者は、その調査結果を参考として取り扱うべきであろう。


+++DIYオンライン定性調査の利用が適さない例+++

  • 新しいブランドポジショニングにおいて戦略的なフィードバックが必要な時
  • メーカーが莫大な投資が必要となる新製品のデザインを決めたいとき
  • マーケターが、担当しているプロモーションキャンペーンに関して、マネジメント層に最終的な提案をしたいとき
  • 大規模な会員に対して影響力があるメンバーサポートプランが適切かどうかを検証したいとき
  • 大規模な定量調査と組み合わせた定性調査を実施して重要な意思決定をしたいとき

これらは、いずれのケースも、そのビジネス上意思決定がとても重要で、間違った場合は、その企業やブランドにとって大きなネガティブな影響を及ぼすケースである。

DYI定性調査は今後、日本でも浸透するのか

ペーパーの紹介は以上となりますが、最後に少しだけ私の感想書かせていただきます。

二年前の記事の最後にこのように書かせていただきました。

「世の中の、ありとあらゆる商品やサービスにおいて、「早く」/「安く」というベネフィットは、大きな普遍的な価値だと思います。これは決して、牛丼だけにあてはまるものではありません。このことはインターネット調査の登場で、定量調査が大きく変わった、我々調査業界の人間が一番よく知っていることではないでしょうか。」

この考えは今も変わりませんが、今回のペーパーを読んで、ひとつ重要な点が抜け落ちていることに気づかされました。それは大前提として「うまい」(=使える)がなければ、どれだけ「早く」/「安く」ても、それは価値がないのではないかということです。

今回の記事において、DIYオンライン定性調査を使うのに適切なシーンとして

「その意思決定が間違っていた場合のリスクが低く、また、意思決定者が、たとえリサーチをせずに、直観やセカンダリーデータのみで意思決定してもある程度大丈夫(意思決定がComfort.=簡単)と感じるような課題に対して」

という記述がありました。また、逆にDIYオンライン定性調査の使用が適切でないのは

「その意思決定が会社やブランドの将来に大きな影響を及ぼすようなプロジェクトにおいては、(DIYは避けて)プロフェッショナルな定性リサーチコンサルタントによって実施されるべきであろう。」

とも書かれていましたが、DIYオンライン定性調査がこのような使い方をされる限りは今後もさほど普及はしないのではないでしょうか。

調査というものは企業の意思決定をサポートするために実施するものです。そこで、いくらその調査が安くて早くても、「この調査は間違う可能性があるので参考程度に利用してくださいよ」と言われて利用する人は多くはないかと思います。それは、この牛丼は、「とりあえず早くて安く食べられますがおいしくないかもしれませんよ」と言われているのと一緒です。牛丼は「うまい」、「はやい」、「やすい」から国民食といわれるほどの存在になったのだと思います。

もちろん、今後DYIオンライン定性調査のサービスを提供する企業は「間違っている可能性があるので参考程度に利用してください」なんて言わないでしょうが、利用ポテンシャル層のなかに、このようなイメージがある限りは、なかなか普及は進まないことでしょう。逆に言うと、今後DYIオンライン定性調査のサービス提供を考えている企業は従来の定性調査と同様なレベルで意思決定サポートに使えると思われるようなサービスを目指すべきでしょうし、もしそのようなサービスが登場すると普及は急速に進んでいくのではないでしょうか。

この点、DIYで一歩先を行っている定量調査の分野ではどうなのでしょうかね。DIY定量調査は利用者からどのようなイメージを持たれているのでしょうか?そして、それがDIY定量調査の普及にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?一度、DIY定量調査に取り組まれている方に聞いてみたいと思っています。