<定性調査の価値を考える> 米国で最も成功したキャンペーン「Got Milk?」の裏に定性調査あり

先日、自宅で本棚を整理していたら昔読んだ本が出てきて、改めて読み返してみると、そのまま読み耽ってしましました。その本の名は「アカウントプラニングが広告を変える」(原題:Truth, Lies, and Advertising: The Art of Account Planning)。Goodby Silverstein & Partners(GS&P)のという米国サンフランシスコの広告代理店の初代アカウントプラニングディレクターであるJon Steelという人が書いた本です。

この業界に携わって長い方々の中には、昔、この本をお読みになったことがある人もおられるかと思います。一方で、出版されたのは15年前、今は本屋さんではほとんど見かけませんし、またこのタイトルから調査に関係する本とも思えないのでご存知ない方も多いのではないでしょうか。でも実は、この本は広告制作において調査をどのように活用するかということがメインで書かれており、定性調査関係者にはとても参考になる本です。

この本の、最終章で、アメリカでもっとも成功したキャンペーンの一つと言われている「Got Milk?(ミルクある?)」キャンペーンがに関するストーリーが紹介されています。改めて読み返してみて、このストーリーは定性調査の価値を考えるのに非常によい事例だと思いましたので、今回はこの「「Got Milk?」キャンペーンがどのように生まれたのかというストーリーを紹介させていただきます。

牛乳の消費量を広告の力で増やせるのか?

話は1993年、広告代理店GS&Pのところにカリフォルニア牛乳協会のジェフ・マニングがやってきた。彼はカリフォルニアにおけるミルクの消費量を増やすためのマーケティングプランを提案してくれる広告代理店を探していたのだ。それまでも、いくつかの代理店を回っていたが、多くの反応は「ミルクなんて、いくら広告費使ってもやるだけ無駄で、広告でどうなるものでもない」といったものであった。

ある調査によると、1980年までは平均的なカリフォルニア人(おっぱいが一つで、睾丸が一つのカリフォルニア人)は年に30ガロンのミルクを飲んでいたが、93年には、その数字は24.1ガロンにまで落ち込んでいた。幸い、80年代末まではカリフォルニア州の堅実な人口増加の影響で、カリフォルニア州のミルクの総消費量は横ばいを保っていたが、90年代に入ると、一人あたりの消費量の減少は人口の伸びにおいつけないほどになり、総消費量は減少し始めていた。

これまでにも様々な調査が実施され、人々がミルクを飲まなくなった三つの主な理由が指摘されていた。一つは多くの人がミルクに含まれる脂肪分を気にしていること。二つ目はミルクが「子供の飲み物」というイメージを持たれていること。三つ目は、コークやペプシといった飲料と比べると「パッとしない」というイメージがもたれていたことである。そこで、これらのイメージを払しょくするために長年いくつもの広告キャンペーンが展開され、ミルクのイメージアップが図られていた。これらのキャンペーンはミルクに対する態度を変えるという点では成功であった。ギャラップ社のトラッキング調査では「もっとミルクを飲むべきだと思う」という質問の同意する人の割合は1982年全体の40%であったのが、1992年には52%にいまで上昇していたのだから。

マニングはGS&Pへのブリーフでこう言った。

「イメージは何の意味ももたないということです。ミルクのイメージが改善されても売り上げは下がったのだから。だから私はイメージには興味はありません。イメージを変えるだけでは、みんな仕事を失ってしまいます。ミルクをもっと買ってもらい、もっと飲んでもらうように行動を変えさせなければダメです。そのためには何をしても結構です。例えば牛乳風呂に入らせることが購買拡大になるというのであれば、その話に乗りましょう。」

定性調査でインサイトを見つける

ブリーフを受けたGS&Pのプランナーチームは、これまでに実施されてきた広告キャンペーンを振り返り、これまでの多くの広告は、ミルクを全く飲まないか、以前ほど飲まなくなった人に向けられていたのではないかと考えた。そして、すぐに行動に変化を起こさせるのが使命だとすれば、既存の行動を強化すること、つまり今ミルクを飲んでいる人の飲用回数を増やすことで成功の可能性は広がるのではないかと考えた。そして、まず最初に「ユーザーはミルクをどのように飲んでいるのか」という疑問に対しての回答を出さなければいけないと考えた。そして、この疑問を解決するためにグループインタビューが実施された。

グループインタビューのいくつかのグループでは対象者にコップ1杯のミルクのきれいな写真を見せて、最初に頭に浮かぶものを答えてもらった。結果として彼らが表現したものは多種多様で、すべてが肯定的なものとは限らなかった。

「う~ん。ただのミルクだね」

と思うだけで、何を答えたらよいのかまったくわからない人も大勢いた。実際に出てくる言葉もそんなにはなかった。一方、別のグループではチョコレートチップ・クッキーとブラウニーのきれいな写真を見せてみたのだが、ほぼ異口同音の反応が得られた。食べ物に刺激されて、即座にコップ一杯のミルクを思い浮かべたのである。

「いまこのクッキーにミルクが一杯あれば最高」

このグルインでの重要なファインディングスは、彼らがミルクよりも食べ物に反応するということである。食べ物のほうがミルクよりも興味を引き、感情に訴えるのだ。ミルクは食べ物と相互依存の関係にある。しかしそれは、「○○とミルク」であって、「ミルクと○○」となると意味は異なってくる。

GS&Pのチームはグルインの中で、食べ物が合ってミルクが無いという状況についてコメントしてもらった際の対象者の表現レベルに、興味をそそられた。単に不都合などというものではない。怒り、困惑、いらだち、言葉だけではなく、手の動き、態度、顔の表情・・・そしてミルクがないという状況を表す絵を描いてもらったのだが、その絵では叫んだり、髪をかきむしったり、最後の一滴を飲んだ犯人をつかまえようとしている絵を多くの人が描いた。

このような感情面の反応を広告に使えるのではないかと考えたチームは、別のグルインである実験を行った。対象者は通常の謝礼50ドルで集められたが、集まった対象者に、調査の1週間はミルクを飲まないという条件をのめば、更に25ドルの謝礼を追加するという約束を事前に行った。その条件にほとんどの人が快諾して、1週間後にグルインが実施された。

「25ドル追加でくれると言われた時、お安い御用だと思ったわ。でもこの1週間私が考えていたのはコップに入ったミルクのことだったのよ。仕事に行く途中にカフェラテを買ってもいけないなんて、思ってもみなかったわ」

「冗談抜きで、この1週間はコーヒーのことを考えないようにしました。ミルクなしのコーヒーなんて飲めやしないから」

「その日、仕事場では一日中、問題だらけ、上司には怒られるし帰りの電車も超満員で、帰宅途中で元気づけのため、禁断のチョコレートチップ・クッキーを買ったの。家に帰ってようやく落ち着いて、クッキーを手にテレビの前に腰を落ち着けた。一緒に何か飲むものが欲しいと思って冷蔵庫に行ってミルクをみたとき、今週はミルクを飲まないという約束を思い出して最悪な気分だったわ。いっそ嘘をついてしまおうかと思ったわ。」

これらのグルインからの発見を踏まえてGS&Pのチームは、食べ物とミルクを組み合わせるというアイデアと共に、組み合わせる食べ物はあるけどミルクがないという戦略をとることにした。そして、このような戦略を象徴するために生まれたフレーズが「Got Milk?(ミルクある?)」である。

インサイトに基づいた広告キャンペーン

その後、この広告戦略の方向性を検証するために、クリエイティブのラフ案がグループインタビューにかけられた。この時、ビジュアルは出来ていなかったので、対象者には、スクリプトが読まれるのを目を閉じて聞いてもらい、想像力を働かせてもらった。

「ブラウニーでもおさまらないようヒドイことは、人生でそれほどない。人間関係の悩み、失業、雨の日、ちょっとした病気なんて重荷は、できたてのもっちりとしたブラウニーがあれば軽くなるものだ。店で買ったものでも自家製でも、「ブラウニー」という響きだけで、老いも若きもニッコリしてしまう。でも、もちろんミルクがないとそうはいかない。ブラウニーは喉に詰まりやすく、部屋の中を右往左往してしまう。自分がだれかほかの人間だったらよかったのに、などと思いながら。

・・・Got Milk?」

このラフ案に対する反応は上々で「ブラウニーの食べカス」を鼻から噴き出して右往左往のパニックに陥っている姿が頭に浮かぶ」、という答えがあった。しかしながら、このシナリオも、他人の苦痛をはたで見ている感覚にあるように思われた。広告を見た人にミルクを飲むという実際の行動を起こさせるためには、視聴者の自分自身のこととして認識させる方法を考え付かなければならなかった。

この問題に対する解決策はGS&Pのメディア部門からもたらされた。ミルクがほとんど家庭内で飲まれることを考えると、少なくとも飲用を促進するのにはテレビが最適なメディアである。そこでテレビCMは、特定の食事時やおやつ時に合わせて流し、CMに登場する食べ物に基づき、特定の時間に流すべく選ばれた表現を使うといったアイデアが出された。例えばピーナツバター&ゼリーサンドイッチが出てくるCMなら朝食時、ブラウニーならおやつ時や深夜といったように、「朝食時」、「昼食時」、「おやつ時」、「夕食時」といった独自のメディアプランが作られた。

また、新しいCMアイデアも開発され、グループインタビューにかけられた。このアイデアは当初、GS&P内部でも「難解すぎる」、「凝りすぎだ」といって反対論者が多かったのだが、グルインでは大人気を博した。以下はその字コンテである。

+++ アーロン・バー +++

<映像>
アパート内に男。アレクサンダー・ハミルトンとアーロン・バーの生涯にとりつかれた男の雑然としたアパート。
壁はその手の骨董品で埋められている。効果的に、希少本屋ポートレートが取り囲む。ラジオがついている。
そんな中、男はピーナツバター&ゼリーサンドイッチを食べている。

<ラジオ>
それでは本日の問題です。「アレクサンダー・ハミルトンを撃ったのはだれでしょう?」さあ、誰か家にいるかな?

<サウンドエフェクト>
電話のベル

<男>
(喉の奥で)アーロン・バー、アーロン・バー

<サウンドエフェクト>
電話のベル

<男>
んもうむぐ~(ピーナツバター&ゼリーサンドイッチをかじりながら受話器を取る)

<DJ>
こんばんは、本日の5万ドルプレゼント・クイズです。アレクサンダー・ハミルトンを撃ったのはだれでしょう?

<男>
(息を詰まらせ小声しか出ないけれども、何とか喉に詰まったピーナツバターを押しのけて答えを言い放とうとする。冷蔵庫に走るが、ミルクはない)

<DJ>
恥ずかしがらないでください。緊張しなくってもいいんですよ。「だれが・・・」

<字幕スーパー>
Got Milk?(ミルクある?)


※ アメリカの歴史を知らないと理解しにくいですが、政治家で副大統領でもあったアーロン・バーは、ライバルのアレクサンダー・ハミルトンと決闘を行い、ハミルトンを撃ったということで有名です。ちなみに、この字コンテから最終的に完成したCMはこちらです。

http://youtu.be/OLSsswr6z9Y

ある男性はこう言った。

「こんな目には遭いたくないね。警告どまりであってほしいね」

他の人たちはこの字コンテを通して「見た」のと同じような、自身の生活上の経験について話し始めた。ほとんどすべての話にフラストレーションが絡んでおり、しかも避けられる事態だっただけに、苦痛も倍増だった。

「買いだめしておけば、そんなことは起きない」

意図したメッセージは理解されたようだった。

また、前述の「おあずけグループインタビュー」の知見から、立ち上がりキャンペーンのCMの一つとしてBaby CatというCMが完成し、人気を博した。

http://youtu.be/yKgC_-BM5_o

また、あるグループインタビューでは1週間後、対象者に対してのフォローの電話調査を行った。クリエイティブの原案を見せてから経過した1週間の間に、ミルクに関することで今までと違うことをしたかどうかを確かめたのである。

すると対象者の3分の2以上が、ミルクに対する態度がいつもと違っていたと答えた。ある女性は、自分でも驚いていると話してくれた。

「調査に参加する前は、コップでミルクを飲むことなんて考えもしなかったわ。そう、15年間くらいはね。でも、このまえ帰り道にセブンイレブンによって、チョコレートチップ・クッキーとミルク1ガロンを買ったのよ。それで実際にコップでミルクを飲んだの。それ以来、毎晩欠かさず飲んでいるわ」

「Got Milk?」キャンペーンの成果

「Got Milk?」キャンペーンは1993年の11月にスタートした。キャンペーンはTVCMだけではなく、店頭でも様々な販促キャンペーンが行われた。米国を代表する様々な食品メーカーもキャンペーンに協力し、例えばGeneral Millsはそのシリアルのパッケージに「Got Milk?」のロゴをいれてくれた。ショッピングセンターではショッピングカートに、キャンペーンロゴがつけられたり、デバイダ―にGot Milk?の文字がつけられたりもした。コンビニエンスストアのミルク売り場への導線の床に「Got Milk?」という広告が貼られたりもした。

カリフォルニア牛乳協会がGS&Pに託したことは、下がり続けるカリフォルニア州のミルクの売り上げの落ち込みに歯止めをかけることであった。キャンペーンが始まった1993年まで過去10年間売り上げは前年比を下回り続けており、1993年には、前年比3.6%のマイナスであった。しかし、キャンペーンが歯止め以上になっていることが、すぐに明らかになった。カリフォルニア州内のミルクの売り上げが上昇し始めたのだ。キャンペーンがの最初の年に当たる94年、統計ではミルクの売り上げは前年より0.7%増加した。量では520万ガロン、小売り額では1300万ドル(約15.6億円)の増加である。過去10年間で初めて売上増加が記録されたのだ。また、ニールセンの世帯パネル調査によると、ミルクの世帯浸透率は93年の70%から、95年には74%になった。また飲用者におけるキャンペーン前の1日あたりの平均牛乳飲用回数は3.9回だったのが、キャンペーンが浸透した95年には4.3回に上がっていた。他州では、牛乳消費量が落ち続ける一方で、カリフォルニア州では何か違うことが起こっていたということである。

その後、カリフォルニアのキャンペーン成功を目の当たりにしたDMI(全米の乳製品製造業者および農家の団体)は、カリフォルニア牛乳協会にロイヤリティを払い、全国で「Got Milk?」キャンペーンが展開されることになった。その後キャンペーンは様々に形を変えながら20年間継続し、今ではアメリカでもっとも影響力のあったキャンペーンの一つであると言われている。

※ このGot Milk?キャンペーンは、様々に形を変えて昨年2014年まで継続しましたが、昨年、全米でついに「Milk Life」という新しいキャンペーンに置き換えられたそうです(ただしカリフォルニアでは、今もGot Milk?を使っているそうです)。




以上、Got Milk?キャンペーンがどのように生まれたかというストーリーを紹介させていただきました。いかがでしたでしょうか。20年以上も前の話で、今では新しい定性調査手法も生まれてきているので、今ならまたリサーチのアプローチも変わるのかもしれませんが、それでも消費者を理解するという本質的な部分は定性調査の価値を理解するのにはとても参考になる事例だと思います。

なお、上記文章は、「アカウントプラニングが広告を変える」の中に記載されているストーリーを抜粋したもので、実際はもう少し詳細に記載されています。ご興味のある方はぜひ原本をお読みいただければと思います。また、最初に書かせていただいたように、この本には、このストーリー以外にも、定性調査関係者には勉強になる部分がとても沢山あるので、お読みになった事が無い方にはぜひ一読することをお薦めさせていただきます(本屋では見つけにくいかと思いますのでAmazon等で購入されるのがよいかと思います)。

いつも思うのですが、定性調査(定量調査も同様ですが)がユーザー様の中でどのように活用され、どのようにヒット商品やヒットキャンペーンが生まれたかといった事例は、ほとんど見かけることはできません。もちろんリサーチを活用されている企業様においては調査やそれに伴う商品開発という活動自体が秘匿性のあるものなので、仕方がないとも思うのですが、このようなリサーチの活用事例がもっと公開されれば、このリサーチ業界の世間での認知や存在価値もあがると思うのですが何とかならないものでしょうか。