今回はEncuity Research社の書いた、「Get Them Talking: Five Innovations in Qualitative Market Research? 定性調査の5つのイノベーション」というホワイトペーパーを紹介させていただきます。米国ペンシルバニアにあるEncuity Research社はメディカル系のリサーチに強いようで、このホワイトペーパーにおいて、メディカル定性調査における、5つの新しい手法を紹介してくれています。
目次
Group Revolution:グループレボリューション
昨今、病気の治療の際、どのような治療を行うかの選択において患者の果たす役割は非常に大きくなってきている。この現状を踏まえた、Group Revolution手法は、ドクターと患者を交えてのユニークでインサイト溢れるディスカッションをしようとする試みである。広告代理店GSW Worldwideによって開発されたこの手法はリサーチャーがドクターと患者との対話にフォーカスすることを可能にするアプローチである。なお、このGroup Revolution手法においては、ドクターと患者をディスカッションの参加者とすることが一般的であるが、外科医と麻酔科医、ドクターと製薬会社のプロパー、薬剤師と患者といった組み合わせで行うことも考えられる。
典型的な実施例は、以下の通り。
- まずドクターをグルイン会場に集めて、調査したい製品(薬剤や医療器具)やトピックについてディスカッション(グルイン)を実施する。
↓ - ドクターのディスカッション(グルイン)が終了したら、次に同じトピックに関して患者のディスカッション(グルイン)を実施。その様子をドクターにグルインルームのワンウェイミラーの後ろから観察してもらう。
↓ - リサーチャーは、患者のグルインを見ると同時に、患者グルインを見ているドクターの様子も同時に観察。
↓ - 最後に、患者グルインのグループの中に、ドクター入ってもらい、患者とドクターを交えて自由にディスカッションを行う。
このGroup Revolutionのよい点は、リサーチャーが対象者セグメント間(この場合はドクターと患者)の認識、態度、行動に関するギャップを発見し、このギャップを埋めることによってクライアントが得られる利益に関する仮説を構築することができるという点である。またリサーチャーはドクターと患者との間でどのような対話がなされ、どのような意思決定(治療方針や薬剤の選択)が、その対話を通してなされていくのかということを理解することが出来る。加えてGroup Revolutionによって、リサーチャーはドクターと患者という異なる立場のセグメントに関して、それぞれの価値、信念、態度等に関して、深い理解が得ることが出来る。
このGroup Revolution手法はドクターと患者のコミュニケーションがうまくいかないのはどのようなケースなのか、どうすれば改善するのかということを教えてくれるであろう。また、患者が自分では認めたがらず、ドクターに訴えない、しかしながら実は深刻な症状といったものを、ドクターが見つけ出すことに役立つかもしれない。またリサーチャーは、製薬会社等のクライアントに対して、自社薬剤を使用するドクターと患者において、両者にどのようなコミュニケーションギャップが生じがちで、どのような改善を出来るかという提案をすることが出来るようになるであろう。
Advancers and Blockers:推進者と抵抗者
従来型グループインタビューの中で使われることが多いこの「Advancers and Blockers」という手法は、病院に新しい薬剤を採用してもらう時といったように、多数の関係者の承認が必要となってくる商材の営業戦略を構築するのに有効な調査手法である。
Advancers and Blockers手法を使用すると、クライアントである製薬会社や医療器具メーカーは病院内の購入チェーンを描き出し、自社製品の導入に関しての評価や、導入の際のバリアを理解することが出来るようになる。例えば外科医は、手術器具の導入に大きな影響を及ぼしているであろうが、実際に購入/導入決定を行うのは管理部門であったりするのはよくあることである。
Advancers and Blockers手法は、様々なレベルの新製品導入における関係者(ステークスホルダー)にグループに参加してもらうことによって、大きな組織(大病院)において、どのように新製品の導入が行われるかを理解するためのものである。また導入決定者/関与者には、導入バリアが何で、どのようにすればそのバリアが崩れるのかに関してディベートを行ってもらう。リサーチャーはそのディベートから、クライアントの製品が導入されるための戦略を導き出すのである。
過去のリサーチからは新しい製品やシステムを導入しようとすると、しばしば、それに反対する人物が登場することが明らかになっている。なので、このAdvancers and Blockers手法を成功させるためには、まずは適切なリクルーティングをすることが重要である。
そして、実施方法は以下の通り
- まず、全参加者の最初のディスカッションにおいて、病院内の各ステークスホルダーの役割に関しての情報を収集する。
↓ - 続いて参加者を二つのグループに分ける。そして、ひとつのグループには、新しい製品導入を推進する立場、もうひとつのグループには、導入に反対する立場に立ってもらう。
↓ - そして、各グループに、それぞれの立場を代表して、新しい製品の導入を推進する/反対する理由をプレゼンテーションしてもらい、その後ディベートを行い、大組織における新製品の採用プロセスがどのようになっているのかを描き出してもらう。
この手法においては、様々なレベル/立場の方をリクルートして参加してもらうことが重要であり、同時に参加者のグループダイナミクスをコントロールするためのモデレーターの技術も重要となってくる。有能なモデレーターが、ワークショップスタイルのように、各グループをコントロールし、メンバーにブレインストーミングを行ってもらい、それを各チームのプレゼンテーションを繋げることができれば理想的である。
過去の事例として、我々は、ある医療機器メーカーの新しい手術器具に関する調査で、このAdvancers and Blockers手法を利用したことがある。そのメーカーは病院の経営陣、外科医、看護師、使用器具選定委員会等が、この新しい器具の導入に関わっていると考えていたが、それぞれの具体的な役割や各ポジションの関係性はよくわかっていなかった。そこで、この手法を採用し調査を実施した。
リクルートされた、病院の様々な立場の人間(CEO、看護師、外科医等)を推進派と反対派の二つのチームに分け、また、そのグループの組分けを何度か変えて、数回のロールプレイング形式のワークショップを実施した。
この調査から我々のクライアントは様々なレベルのステークスホルダーの意思決定について深い理解を得ることが出来た。また、我々のリサーチチームは、各ステークスホルダーの関係性を明らかにし、クライアントに対して具体的な戦術提案を実施することが出来た。また、大病院と小さい病院の新製品導入プロセスや、重視点の違いも明らかにし、この調査からクライアントは、この新製品導入戦略を導き出すことが出来たのである。
Patient Education Simulation:患者教育シミュレーション
Patient Education Simulationはドクターのオフィスにおける、ドクターと患者の実際のアポイントメントをシミュレーションする定性手法である。この手法は製薬メーカーのマーケターが、薬剤のマーケティングマテリアル(患者への説明用パンフレット等)に関して、デザインや内容の使い勝手を理解し、改善するために用いられる。
内容理解の観点からすると、この手法を使うと、ドクターがマテリアルのどの部分を患者への説明によく利用するかといったことや、どの部分が患者からドクターへの質問を誘発しドクターと患者のよりよいコミュニケーションを促すことが出来るかといったことを観察・理解することが出来る。また、患者とのシミュレーションを通して、ドクターがそのマテリアルの使いにくい/患者に説明しにくいと感じる部分を発見し改善することが出来る。
デザインの観点から言えば、この手法は、ドクターのマテリアルの使用方法を観察し、どのようなフォーマットであれば使いやすいのか・・・らせん綴じがよいのか、ポケットフォルダーに入っていて、各ページが取り出せるのがよいのか等、を理解するのに役立つであろう。
このPatient Education Simulationという手法は、薬剤の患者用説明書を開発しようとしている製薬会社のマーケターにとって、とても有意義なものになるであろう。ドクター、患者それぞれに対するデプスインタビューとは違って、ドクターと患者との実際のインタラクションを通して、どのようなマテリアル(説明書)を開発すべきかが、深く理解できるのである。
Gallery Review Research:ギャラリーレビューリサーチ
GSW Worldwideによって開発された、Gallery Review(TM)はアートギャラリーのようなイーゼルか、テレビモニターを活用して、対象者に広告マテリアルを評価してもらう定性手法である。この手法は、製薬会社やその広告代理店が初期段階の広告クリエイティブ(ラフなスケッチやTVアニマティクス)に対する消費者からの反応や評価を得るために実施する。
Gallery Reviewは、広告クリエイティブのアイデアに対して、2-3時間で10~20名からの評価、反応を得ることが出来、クイックに実施できる手法である。この手法は広告クリエイティブの開発において初期段階のクライアントが、その方向性が間違っていないかを確認するために有効な手段である。この手法は、1対1で行われるデプス的なコンセプトテストというよりは、グループで実施されるアプローチである。
※ 原文の記述はこれだけで、詳しい方法論は書いていないので、具体的な調査の進め方はよくわかりません。グルイン等でよく行う、広告ラフ案のチェック等と、何が違うのかよくわかりませんでした(すいません)。
Online Research:オンラインリサーチ
オンラインによる定性調査は、稀な疾患の患者さんや、ドクターのようなとても忙しい対象者をリクルートするときに、とても有効な手段である。また、センシティブなトピックに関して匿名性を保ちたいときにも有効である。
オンラインチャット、WEBカメラを使ったインタビュー、ビデオダイアリーの3つが、メディカルのリサーチに新しい時代をもたらす手法である。これらのオンラインを活用した手法は、従来の定性調査手法の限界を打ち破るものである。
昨今の、インスタントメッセ―ジによるコミュニケーション(オンラインチャット)の技術の進化は、どのような対象者ともコミュニケーションすることを可能にし、センシティブなトピックの調査に特に有効である。短期間で、インサイトが溢れる情報を集まることが出来、また匿名性が保たれるので、対象者はホンネを言いやすい(書きやすい)というメリットがある。
一方、WEBカメラを使ったインタビューでは、対象者のリアクションが見ることが出来るのが最大のメリットである。また、従来のインタビューとくらべて、費用と時間を短縮することが出来る。対象者が自宅にいるので、インタビューにエスノグラフィ的な要素を加えることができることもメリットの一つである。
ビデオダイアリーも、通常自宅で撮影されるのでエスノグラフィ的な要素を持っている。この手法は、エスノグラファーが自宅に訪問し対象者の自然の姿を乱すことないので、対象者の自然な姿を観察し、理解するのにパワフルな手法である。最近では、簡単に扱える安価なビデオカメラが登場しており、また対象者が自分の持っているビデオカメラも利用することが可能なので費用もそれほどかからない。
おまけ
以上、Encuity社による「Get Them Talking: Five Innovations in Qualitative Market Research」というホワイトペーパーを紹介させていただきました。最後に、僭越ながら、少しだけ私の感想を補足させていただきます。
まず、最初のGroup Revolutionについて。この方法は、製薬会社のみならず、販売員を介してのセールスが主流の業界においては活用できるケースが多々あるのではないかと思いました。例えば自動車の購入においてディーラーの営業マンが購入に多大な影響を及ぼすことは、自動車関連の調査をされている皆さんはよくご存じかと思います。なので、メーカーからしたら、販売店サポートは、マーケティングの非常に重要な要素かと思います。そこで、このGroup Revolutionのような手法を実施し、ディーラーの営業マンと見込み客とのコミュニケーションを改善、強化する術をディーラーに提案できれば、非常に有益ではないかと思いますが・・・。車以外にも、カウンセリング化粧品、保険等の金融商品、携帯電話等々、有効そうに思う業界がいくつも思い浮かびますが、このような業界を担当されている営業やリサーチャーの皆様、クライアント様への提案に使えないでしょうか?
二つ目のAdvancers and Blockersに関して。これは、ステークスホルダーを集めるのは難しそうですし、集めて実施したとして、上手くいくのかどうか正直、想像できません(苦笑)。それはともかくとして、このAdvancers and Blockersで私が面白いと思ったのはディスカッションではなく「ディベート」を行うということです。ディスカッションとディベート・・・似ているようですがこの両者は違うものです。ウィキペディアには以下のように書かれています。
「ディスカッションとディベートとは、意見対立の有無という点で異なる。ディスカッションとは、ある公的な主題について議論することをいうが、それに加えてディベートでは当事者間の意見対立が前提とされる。例えば、ある公的なテーマについての単なる意見交換は、ディスカッションとしてならば成立する余地があるが、ディベートとしては成立しない。」
また、ディベートについてもうひとつ知っておくべきことは、あるテーマを肯定する側になるか、否定する側になるかはランダムに決められるということです。ネット上には
「ディベートの試合は、自分の個人的な主義主張を訴える場ではない、という点に着目してください。論題(テーマ)によっては、「自分は絶対に、この論題には賛成(あるいは反対)できない!」と感じることもあるかもしれません。ですが、あえて逆の立場に立って論題を見つめ直し、双方の立場から客観的に論題を検証していくことが、自分の視点を深めることにもつながるのです。 ここにこそディベートを行う意味、真髄があります。」
という記述もありました。
あるトピック/テーマに関して、あえて議論を対立させることによって、そのトピックやテーマの本質が深く探れるということはあるのではないかと思います。我が国のグループインタビューは通常ディスカッションの場で、あえて意見を対立させるということはあまりないような気がします(私が知らないだけかもしれませんが)。ここにディベートというものを取り入れてみるのもありかと思いましたが、いかがでしょうか。ディベート慣れしていない日本人には難しいでしょうか?もしするならモデレーターは田原総一郎さんがよいですね。
最後のOnline Researchについて、これは弊社的には言いたいことが沢山あるのですが超長くなるので(笑)、一つだけ書かせていただきます。最近、弊社のオンラインインタビューもメディカル系リサーチでのご利用が増えてきております。その大きな理由は、上記の通り会場でインタビューをするのが難しい対象者にアクセス出来るからです。特定の疾患を専門とする日本全国のドクター、疾患をお持ちで外出もままならない患者、その患者を介護している介護者、ある疾患の患者を担当する看護師等のインタビューにもご利用いただいております。
以上、今回はメディカル業界における定性調査の新しい手法を紹介させていただきました。今回の記事が皆様にとって何らかの参考になれば幸いです。お読みいただきましてありがとうございました。