2025年の定性リサーチャー

この時期は、あちこちで「今年の○○はこうなる!」、「今後の△△を占う!」といった記事を目にします。新年第一弾の本メルマガも「今後の定性調査/定性リサーチャーを占う!」がテーマです。皆さん、今から10年後の2025年、自分はどこで何をしていると思いますか?定性調査に関わっている皆様、今と同じ仕事をしていると思いますか?

昨年の11月に米国の20|20Reserachの創設者であり CEOであるJim Bryson氏がGreenbookに

「Is Qual Evolving to Extinction? ・・・定性調査は絶滅に向かって進んでいるのか?」

という、ややショッキングなタイトルの、またとても興味深い記事を発表しました。今回はこの記事を紹介しつつ、今後の定性調査、特に定性リサーチャーのあり方について考えていきたいと思います。

※ 20|20 Researchは米国テネシー州ナッシュビルを本拠とするオンライン定性調査のプラットフォームの開発・提供と従来型グルインのルーム提供をメインとしている会社です。MROCやWebカメラを使ったオンラインインタビューのプラットフォームには定評があり、米国のオンライン定性調査を代表する会社の一つと言えるでしょう。私も、その動向を常に注目している会社です。

http://www.2020research.com/

定性調査は今後繁栄するのか、それとも絶滅に向かっているのか?

※ 以下にJim Bryson氏が書いた記事を紹介させていただきます。出来るだけ忠実に訳したつもりですが、誤訳等があればご指摘いただければ幸いです。

<原文はこちらです>
http://www.greenbookblog.org/2014/11/11/is-qual-evolving-to-extinction/

「フォーカスグループは死んだ」 Malcolm Gladwell, Blink, 2005

「定性調査とは何か、定性調査をどのように定義すべきか?」 Ray Poynter, LinkedIn Forum, 2005

我々は、フォーカスグループ(グループインタビュー)が死んでいないことを知っている。「フォーカスグルーは死んだ」という表現は、やや大げさであろう。しかし会場で行われるグループインタビューが減りつつあるのも事実である。今、定性リサ―チャーとは、グルインのモデレーター以上のものになっている。

今、我々は消費者の行動やマインドがデジタルコミュニケーションツールにアクセスすることによって加速するテクノロジー革命の真っただ中にいる。この革命は、Jennifer Dale と Susan Abbottが1990年代半ばに Qual-Online, The Essential Guideで書いたように定性調査にも影響を与え始めている。2006年に米国家庭でのブロードバンド普及率は60%になり、定性リサーチャーは消費者とその生活現場でアクセスすることが可能になったことを理解し始めた。

そして、消費者のデジタルコミュニケーションテクノロジーへの急激な適応は定性調査業界を揺るがしている今では、多くのリサーチ会社が、次々に「よりよく、より安く、よりスピーディーにインサイトが得られる」と言って、新しい技術や手法を提案し続けている。フェースtoフェースでの手法に慣れ親しんだ、この業界を何十年も生きてきた多くの定性リサーチャーは、自分がテクノロジーの進歩に取り残されていることに気づき、若いデジタルネイティブから疎外されてしまうのではないかという恐怖におびえている。こざっぱりとして快適であったグループインタビューのマーケットは、今では混沌とした雑多なマーケットに替わってしまった。

グループインタビューは死んではいない。グループインタビューは、主流ではないもののひとつになり下がっただけなのだ。今や、リサーチャーは定性調査とグループインタビューを同一視していない。定性調査マーケットは、断片化され、混沌・混乱している。リサーチャーは、様々な手法に精通し、様々な課題に対して様々なアプローチを採用することが出来なければならないのだ。

新しいアプローチや手法を「積極的に受け入れる姿勢」というのが今度ウィーンで開催されるESOMAR’s Qualitative Conferenceのメインテーマである。このカンファレンスにおいてリサーチャーは急激に変化している定性調査ランドスケープにどのように適応していけばよいかの示唆を得られるであろう。

この新しく慌ただしい世界において、Ray Poynterは、我々は「定性調査とは何か、定性調査をどのように定義すべきか?」という問いを世界中のリサーチャーに問いかけている。繰り返しになるが、定性調査と=グループインタビューであるということは完全に時代遅れの考え方である。また、事実の背後にある「なぜ」を問うものであるというのも不適切であろう。

我々は、定性調査が進化していることを知っている。しかし、それは繁栄に向かう進化なのか、絶滅に向かう進化なのか?

定性調査を会場で行われる従来型フェースToフェースのグループインタビューやデプスインタビューだと狭義に捉えるならば、定性調査は絶滅に向かっていると言えるだろう。

しかしながら、定性調査はより繊細かつ専門的な職業(nuanced profession)に進化している。切れ味の鈍い道具である会場での従来型定性調査は、詳細を切り取り、先見の明があり、切れ味鋭いメスのような、一方で、訓練された専門家によってしか扱えない手法によって置き換えられつつある。リサーチのデザインはよりカスタマイズされ、文脈理解が重視され、定性調査はインサイトに溢れ、意思決定者にとって利用価値が高いものになりつつある。

様々なツールや技術の到来はかつてないほどに消費者の理解やインサイトの獲得を可能にしている。「消費者の声」、「消費者の行動」、「消費者の感情」はより明らかになり理解することが出来るようになってきている。なので、定性リサーチャーはクライアントのより貴重なパートナーになる機会を得たのである。ここしばらくの間、定性調査は、マーケターにアクショナブルなインサイトという価値を与える存在として繁栄していくであろう。

しかしながら、定性調査という領域は長い目で見ると退潮傾向にあるのではなかろうか。今から10年後には、定性リサーチャーという職種は、今よりずっと減っているのではないかと思う。 このトレンドには二つの大きな要因が起因している。

一つ目は必要最小限の品質とインサイトを満たした情報を、スピーディーに得ることが出来るテクノロジーが登場し始めているからである。定性調査は伝統的に、「遅く」、「難しく」、「費用が掛かる」ものであった。テクノロジーはこれを変えつつある。今や、テクノロジー(Focused technology)は、「現在における普通の」定性リサーチャーよりも、遥かに早いスピードで戦術的な意思決定に必要な定性情報を提供出来るようになっている。今、戦術的なリサーチに関わっている多くの定性リサーチャーは今後必要なくなるのではないかと思われる。

※ ここでいうFocused technologyが具体的に何を意味するのかよくわかりませんが、そうらしいです。Social Media Analysisとかを念頭に置いているのでしょうか?

二つ目として、テキストアナリティクスの技術が定性調査と定量調査の合間を埋めつつあるということがある。テキストアナリティクスの技術が進化するにつれ、人間による分析の必要性は減っていく。現在のテキストアナリティクスの技術は、そこまでは到達していないことも事実だが、将来的な技術の進歩は、このことを実現してしまうのではないだろうか。

これら二つのトレンドは、熟練した様々なスキルセットを有するリサーチャーによる、様々な定性手法を組み合わせた統合リサーチ(Integrated Research)の発展へと私たちを導くであろう。今日、定量調査の前に実施される定性調査は、定量調査とは別の定性リサーチャーが別物として実施することが多いが、今後は一人のリサーチャーやアナリストによる一つのフェーズとして実施されるようになるであろう。リサーチャー/アナリストが、新しいテクノロジーを自由に使うことが出来るようになると、「現在における普通の」定性リサーチャーの存在は必要なくなる。なので、定性リサーチの専門家という需要は縮小していくのではないだろうか.

このようなシナリオにおいては、定性リサーチャーの需要は縮小すると考えられるが、一方で、残りの定性プロフェッショナルのスキルはより進化し重要になっていくであろう。この定性プロフェッショナルは、消費者のことを深く戦略的に探るリサーチのスペシャリストであり、クライアントのビジネス上の意思決定に深く関与していく存在である。このような「Qualitative insights consultants – 定性インサイトコンサルタント」の存在は、「今日の普通の」定性リサーチャーよりも、より熟練した貴重な存在となるであろう。

ここで、「定性調査は繁栄するのか、絶滅に向かっているのか?」という疑問に戻ろう。答えは絶対的に「繁栄」である。定性調査の職業は、よりエキサイティングになり、今まで以上に、今までにない様々な方法でインサイトを提供していくであろう。テクノロジーの進歩は、定性リサーチャーの絶対数を減らしていくであろうが、定性専門家(定性インサイトコンサルタント)の価値は上がっていくであろう。定性調査は、絶滅に向かって進化していくのではない。違う方向に向かっていくのだ。そして将来は今と決して同じではない。

(記事はここまで)

2025年の定性リサーチャーを占う

皆さん、このJim Bryson氏が書いた記事を読んでどう思われましたでしょうか。Greenbookのオリジナルの記事を見ていただければわかりますが、この記事に対してのコメントも活況で、多くの定性調査関係者が「定性調査の分析はコンピューターでは出来ない!」と、ややヒステリックに(?)異を唱えています。ただし、このような反論はJim Bryson氏がこの記事で最も伝えたかったメッセージとは少しズレているように思います。

少し前に、英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が、10年後に「消える職業」、「なくなる仕事」という論文を発表しました。話題になっていたのでご存知の方も多いかもしれません。米国の702の職種について、今後10年~20年の間にその仕事がコンピューターで置き換えられ消えている確率を計算したものです。


(概略はこちら)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40925

(原版はこちら)
※現在記事は削除されています。

※ 原文のタイトルは
「THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?」で「10年後に「消える職業」「なくなる仕事」」というのは週刊現代(?)らしいやや大げさなタイトルにように思いますが・・・

私も原版を詳しく読んだわけではありませんが、原文の最後に米国702の職業に関して、今後コンピューターに置き換えられてなくなる確率が記載されています。マーケティングリサーチャーの確率はどのくらいだと思いますか?

まず我々に関係するマーケティング関連の職業を拾ってみると

+ Marketing Managers :1.4% - 61位・・・安泰!

+ Computer and Information Research Scientists :1.5% – 69位・・・安泰!

+ Survey Researchers : 23% – 215位・・・この職種は社会調査の話でしょうか?

+ Telemarketers : 99% -702位・・・何と最下位!!


そして、我々が言うところのマーケティングリサーチャーの職種は多分これ(Market Research
Analysts and Marketing Specialists)だと思います。この確率は・・・

+ Market Research Analysts and Marketing Specialists:61%-337位

と結構高い確率になっています(ショック!!!)


ちょっと信じられない、というか信じたくない結果で、なぜ、このような確率が導きだされているのか詳しく知りたいところです。

ただ米国では、優秀なソフトの登場で会計士や税理士などの需要がこの数年で約8万人も減ったというデータがあるそうです。会計士や税理士もマーケティングリサーチャーと同じように専門的スキルが必要とされる職種。それでもこのような需要縮小が起きています。なので、マーケティングリサーチャーの仕事も(全てではありませんが、ある程度の割合が)今後コンピューターテクノロジーで置き換えられていくということは大いにありえる話のように思います。

現に定量調査業界においては、報告書用のチャートが自動的に作成できたり、会社さんによっては簡単なコメントまでが出てきたりと、単純作業的な業務の必要性は少なくなってきています。

一方、定性調査業界は、現在はコンピューターテクノロジーの活用があまり進んでいるようには見えませんが、近い将来その業務の一部に関しては、コンピューター化され、人の力を必要としなくなるのではないでしょうか。例えば、音声認識技術が進化すれば、現在、人が行っているインタビュー調査の書記業務はなくなっていくことでしょう。10年後にテレマーケターの仕事が無くなる確率が99%というのは、IVR(Interactive Voice Response:自動音声応答)の技術が今後普及することを踏まえてのことだと思いますが、この技術が進化すれば、現在、人が行っているリクルーティングの業務もコンピューターで代替させることが可能になってくるように思います。分析に関しても、その前工程として、発言の整理みたいなことを皆さんしているかと思いますが、このような業務もテキストマイニングの技術が進化していくにつれて自動化される割合が増えていくように思います。もしかしたら、モデレーターをPepperクンが務めるなんていう日も、いつか来るかもしれません・・・まあ、これは当分先のように思いますが(苦笑))。

Pepperクンはともかくとして、このように、これから10年後の2025年、定性調査業界にもコンピューター化の波が押し寄せて、現在行われている多くの業務はコンピューターがやってしまうようになっているものと思われます。その中で、定性リサーチャーがその存在価値を発揮するにはどうあるべきなのでしょうか。

オズボーン氏はこのように述べているそうです。

「かつて洗濯は手作業で行っていましたが、洗濯機の登場でその仕事は奪われました。しかし、それによって余った時間を使って新しい技術や知恵が創造された。こうして人類は発展してきたわけです。現在起きているのも同じことです。

ロボットやコンピューターは芸術などのクリエイティブな作業には向いていません。となれば、人間は機械にできる仕事は機械に任せて、より高次元でクリエイティブなことに集中できるようになるわけです。人間がそうして新しいスキルや知性を磨くようになれば、これまで以上に輝かしい『クリエイティブ・エコノミー』の時代を切り開いていけるのです」

Jim Bryson氏も定性リサーチャーの存在が将来全く必要なくなると言っている訳ではありません。彼がこの記事で最も伝えたかったメッセージは、

「コンピューターテクノロジーの進化は現在の定性リサーチャーが行っている仕事の一部を必要としなくするであろう。だからこそ、今後の定性リサーチャーは、コンピューターが出来ないような仕事が出来なければ、生き残れない。ただし、生き残り、「定性インサイトコンサルタント」に進化していくことが出来れば、その仕事はエキサイティングですよ。」

ということなのではないでしょうか。

お正月にテレビを見ていたら、淀川長治サンが言っていました。バック・トゥ・ザ・フューチャーが描いていた未来は2015年のことだそうです。その当時大学生だった私は、2015年のことなど考えもしませんでしたが、こうして遠い未来だと思っていた時も確実にやってくるのですね・・・あたりまえですが。ということで、10年後の2025年も、死んでいなければ確実にやってきます。そして、2025年の定性調査と定性リサーチャーを取り巻いている環境は今と同じでは決してありません。定性調査に関わる皆さんは、10年後の定性調査の姿を予想し、そして、その時にこうありたいという自分を見据えて、この1年をスタートしてみてはいかがでしょうか

・・・と、自分に向かって言ってみました(笑)。