定量調査から定性調査へのシフト・・・Sara Lee社のケース

最近、いろんなところで「これからは定量調査より定性調査が大事だ!」みたいな声をよく耳にします(弊社が定性調査専門なので、そういう声だけが耳に入ってくるのかもしれませんが・・・(笑)。こういうのを選択的認知というそうです)。JMRAの経営業務実態調査を見る限りは、ここ数年、アドホック調査における定性調査の割合は15%前後が続いており大きな変化は見られないのですが、これからはどうなっていくのでしょうか。今後、定量調査と定性調査の比重はどのように変化していくのでしょうか?

これまでに、このメルマガでも紹介させていただいてきましたが、数多くの人が、今後、定量調査と定性調査という区分は無くなっていくのではないかと予測しています。私も同感なので定量調査と定性調査はどちらが大事だ、これからどちらが伸びていく・・・みたいな議論をするのは、今後、無意味になっていくのだと思います

とは言え、現時点では定量調査と定性調査という区分がリサーチ産業の中に浸透しているのも事実なので、今回は、ある海外のリサーチユーザーのケースを紹介させていただきつつ、このテーマについて考えてみたいと思います。

みなさんはSara Leeという企業をご存知でしょうか。日本ではほとんど事業を展開していないのであまり知られていませんが、コーヒーの分野では、ネスレ社、クラフト社に次ぐ世界第3位の企業だそうです。少し前になりますが、Sara Lee社のマーケティング・リサーチ・ディレクターであるPascal Mignolet氏が、Qualitative 360という定性調査のカンファレンスで、同社における昨今のリサーチの位置づけの変化や、リサーチに対するニーズついてプレゼンテーションをしてくれました。

Sara Lee社を取り巻く環境の変化

(ここからMignolet氏のプレゼンテーションです)
私からは、コーヒーメーカーであり、FMCGメーカーである弊社、Sara Lee社の最近のビジネスニーズの変化、およびそれに伴うリサーチニーズの変化についてお話しさせてもらいます。私は現在、社内マーケティングリサーチャーとして、ニーズが変化しつつある社内クライアントと新しい調査手法に積極的に取り組んでいる外部の調査会社との接点に立っており、その2つを結合させ、ビジネスに付加価値をつけるというチャレンジに面しています。

Sara Leeは米シカゴのコーヒーメーカーで、以前は靴のケア用品、ヘアケア商品、コーヒー、パン等、私も覚えきれないくらいの多種多様な商品を取り扱っていました。今、会社は転換期を迎えており、最近は多くの事業を売却しています。コーヒー・紅茶といった残った事業についても分割し、今年(2013年)の5月を目途に一企業として独立することになっています。

我々は、コーヒー・紅茶のメーカーとしては、ネスレ、クラフトフーヅに次いで、世界で第3位の位置を占めています。元は1753年にオランダで創業され、1980年代にSara Leeに買収された、歴史と伝統のある企業です。現在では、東西ヨーロッパやブラジルで市場をリードしています。我々がネスレやクラフトフーヅに比べて小さいのは、展開している地域が限られているからです。ただし、事業を展開している国では1位あるいは2位の位置を占めており、国によって20~45%、多いところでは50%のシェアを占めていますので、それらの国では市場をリードしていることになります。

主要ブランドは、ダウエグバーツ(Douwe Egberts)や、フィリップス社と共同開発した一杯抽出型コーヒーシステムのセンセオ(SENSEO)等があります。6つの市場(国)でしかしていないのにもかかわらず250億世帯に使用されていることを考えると、弊社が進出している地域で市場をリードしていることがわかるかと思います。

2000年以前のコーヒー事業は、(イタリアを除いて)非常にシンプルなものでした。2000年にヨーロッパの消費者に「コーヒーとは?」と聞いたとしたら、思い浮かぶことは、この画像のように、「白いカップの中に熱くて黒い液体が入っていて、砂糖やミルクを入れることもできる」といったイメージのみだったかと思います。家や職場、バー、レストランで飲むものです。メーカー側から見てもシンプルな市場で、物流やサプライチェーンが機能し、ブランディングさえしっかりしていればよかったのです。なぜなら、ブランドだけが商品を区別する要素だったからです。したがって、何年もの間、コーヒーメーカーはブランディングにお金を費やしてきました。そして、各国に、例えばドイツではヤコブスやUKではネスカフェといった強いブランドが生まれました。

その後、市場は大きな転換期を迎えました。新しい味、新しいレシピ、新しいテクノロジー、新しいブランド、新しいデザインが出てきました。元々は単なる日用品だった市場が細分化されてきたのです。環境が変化する中、我々が成長するためには以前とは全く異なることをしなければならないようになりました。

例えば、10年前のヨーロッパでグループインタビューを実施し、消費者にこのような写真を見せたとしたら、ここからコーヒーを連想する人はいなかったでしょう。

これらは;

  • ネスプレッソのカプセル
  • センセオのポットホルダー
  • ドルチェグストのコーヒーマシン
  • スターバックスのカップ

です。

今となっては、これらの商品は何十億ユーロもの売上を誇るものです。さらに言えば、10年後にコーヒー市場の売上の30%を支えるのは、今現在市場に出回っていない新しい商品、ブランド、システム、テクノロジーだろうと考えています。コーヒーのリーディングカンパニーであるSara Leeとしては、この市場で主導権を握っていきたいと考えています。ブランドだけ市場をリードできませんので、我々としては新たなコーヒーカテゴリーを創造し続けなければならないと考えています。 

機能不全に陥ったマーケティングリサーチ

その後、私たちは2005年までに大きな組織改革をしました。それまで独立した部署であったR&D部門は、マーケティング部門の一部になりました。また、マーケティング・インテリジェンス部門が集約され、インターナショナルな部門になりました。人数的にも、予算的にも大きくなり、マーケティングリサーチにより注目が集まるようになりました。

さらに、堅固な刷新が実施されました。皆さんにとってこのような新商品開発プロセス(インサイト探索⇒コンセプト作成⇒製品開発⇒上市)の考え方は見慣れたものかと思います。左(インサイト探索)から多くのアイディアがインプットされ、右(上市)からごく少数の成功商品がアウトプットされるという考え方です。

Sara Leeにとって難しかったのは、この新商品開発のプロセスの間で消費者のフィードバックをきちんと得ることでした。図の黄色で示している箇所(Insight Generation, Idea Generation, Concept Building, Product Fine tuning)は、消費者からインスピレーションを得るために必須なマーケティングリサーチです。また、緑で示している箇所(Idea Validation, Concept Validation, Product Validation)は消費者による検証が必要なところです。このシステムは、マーケットリサーチなしでは、あるいは消費者からのインプットなしでは1インチも前に進めないのです。

当時の私たちは、新しい組織の中で、この新商品開発プロセスを機能させるという大きな役割があったので、マーケティングリサーチャーとして、とてもハッピーでした。このやり方は非常にうまく行っていたのです。実Mintel社が様々なカテゴリーにおける革新的商品の売上を発表していますが、2006~2008年におけるコーヒー商品トップ10のうち、6つがSara Leeの商品でした。我々は、「我々のシステムはうまく機能しているぞ」、「2年後にはトップ企業となり、5年後には大金持ちになっているぞ」と思っていたものです。

それから5年経ちましたが、私はいまだに大金持ちではありません。つまり、何かが間違っていたのです。うまく行ったのは、たった2年間だけでした。素晴らしい組織における、素晴らしいシステムは永久に機能するわけではなかったのです。

まず、消費者の頭の中にあるインスピレーションが枯渇しました。従来の定性手法では新たなインサイトやアイディアを充分に得られず、新商品開発プロセスがうまく運用できないようになりました。さらに気がかりだったのは、検証してくれるはずの消費者の信頼性が低くなってきたのです

そこで、我々は軌道修正をすべく、定性的アプローチと定量的アプローチの双方を実験してみることにしました。

定性的アプローチのほうはシンプルな話でした。ここにおられる定性リサーチのプロの方々を前に話すのはお恥ずかしいのですが、2008年以前のSara Leeの定性調査は基本的なものに限られていました。社内クライアントと定性調査の企画について話し合う場合の内容といえば、グループインタビューのグループの数、実査する地域、それに対象者条件くらいだったのです。低いところ実っている果実を収穫するのであればそれでよかったのでしょうが、より深く分析するには、もっと洗練された手法が必要になっていたのです。

この時期、我々の外部リサーチパートナーが素晴らしい手法を次々と紹介してくれました。例えば・・・ZMET、Creative panel, Open Innovation, エスノグラフィ、オンライングルイン、MROC、共創コミュニティ等々です。多くの選択肢があるのであればすべて試そうということになり、実際、すべて試してみました。いや、いまだに試しているところです。

3~4年経った今現在、学んだ重要なことはこれです。

「新たなインサイトや利用価値のあるアイディアを見いだせる可能性は、使われる手法とは関連がない」。

調査手法にはシンプルなものから洗練されたものと様々ありますが、いずれの手法も、素晴らしいアイディアを生み出すこともできるし、失敗することもあるのです。特定の手法で結果が保証されるわけではないので、成功する商品を生み出すには、すべての手法で試していくしかないと考えるようになりました。

従来の定量的アプローチはもっと堅固でした。2000年頃あるいはその後数年までの白いカップの時代には、Research International社のMicro Test、Ipsos社のVantis、ADImpact、BPTOといった調査会社の標準的なモデリング手法が有効でした。この時期までは、きちんとした新商品の売り上げ予測がたてられましたし、信頼性が高かったのです。

しかしながら2008年とか2009年になると、ミスが発生するようになりました。新商品の上市に際のSTM(Simulated Test Market)検証結果では青信号だったのに、市場で失敗する商品が出てきました。1回目の失敗は変だなぁと思い、2回目では心配になってきて、3回目には我々のボスが、我々リサーチチームに問題があるのではないかと疑うようになってきたのです。そうやって、従来のやり方が有効ではなくなってきたのです。

そこで、我々は面白い実験をすることにしました。3社の調査会社に、我々のCMを評価してもらうことにしたのです。各社に、独自の手法や調査票を通じて検証してほしいと依頼した結果、同じCMなのに3つのまったく異なるアドバイスを得ることになりました。ここから我々が学んだことは、青信号がつくかどうかは商品やコンセプトといったインプットする内容ではなく、残念ながら、調査手法に左右されるということでした。

社内におけるマーケティングリサーチの役割の見直し

では、その後、我が社で何が起きたと思いますか?

Sara Leeでは、マーケティングリサーチの影響力がなくなりました。社内リサーチャーは、以前のようにプロジェクトを重ねて知識を構築するというより、消費者と形式ばらずに、直感的に、継続的に関係性を構築することが大事になってきました。ただ、このやり方があいまいなため、それ以外の選択肢が必要になってきました。インスピレーションを得るための他の情報源を模索する必要が出てきたのです。

そのひとつとして、出張プログラムが実施されました。我々が進出していないニュージーランド、日本、南米の数ヶ国にリサーチャーを出向かせ、各国でコーヒー市場がどうなっているのか、何が売られているのかを見させ、そこで得られた知識を持ち帰って既存の市場に応用するといったことを試みました。

このほか、リクルート面で変わったこともしてみました。我々の現在のCMO (Chief Marketing Officer)は、以前はロンドンのIDEO社(世界で最もイノベーティブな企業」に選ばれたこともあるデザイン・コンサルティング会社)のトップだった者です。つまり、デザイナーなわけです。かなり衝撃的な事実ですよね。弊社の視点をよく表しているかと思います。

一方、リサーチの役割も考え直しました。信頼性が低く、限界が見えてきたリサーチを見直すことによって、解決策を見出そうとしました。そこから見えてきたことのいくつかをご紹介します。

1点目のポイントは非常に重要です。失敗から数年(あるいはもっと短期だったので数ヶ月というべきでしょうか)は、予測目的の定量調査を極力減らしました。それまで、ずっと取っていた「購入意向スコア」を取るのを止めたのです。消費者は、回答したとおりに買わないにもかかわらず、我々はずっとその質問を聞いていたのですから。それよりは、小売店パネルデータや実売データといった行動データに、一般消費者がどのようにコーヒーを用意するのか、具体的に何を飲むのかといったデータを加味し、さらに、それらを膨大なブランドエクイティ情報と組み合わせたのです。信頼性のある「何か」を構築するのが難しくなったアドホックリサーチはそこで消滅しました。

二点目のポイントは、定性調査も見直しが行われ、リサーチにおける重要度が増しましたことです。ただ、何でも解決できる特効薬があったわけではないので、トライアル&エラーを繰り返したり、カオス(混乱)を受け入れたりしなければなりません。定性調査ではそのような面は不可避ですので、受け入れざるをえません。代表的な、平均的な消費者から離れることになりますが、それは定量調査のほうでカバーすることになります。

今、我々が本当に必要としているのは、膨大なソフトデータを分析できるシステムです。情報は、写真、動画、日記、意見、コラージュ等、様々な形で入手でき、いまや山積している状態です。そのうち、10-15%くらいは活用できていますが、残りの85%は使われるのを待っている状態です。SPSSの定性版みたいなもので、定性情報を集積、分析、可視化できるようになればいいと思っています。いわば、因子分析の定性情報版といったものがあればいいと思います。定性データの収集はできていて、後数年はデータを集める必要がないので、あとは、データを集約し、活用できればいいのです。

新しい状況下で、我々リサーチチームのリサーチャー達は、今までとは違う指示をされるようになりました。我々は、我々のビジネスと消費者を一体のものとして、包括的な見方をしないといけなくなりました。我々は、「何をすべきか、あるいはなにをしないべきか」という判断を、消費者や消費者調査のみにゆだねてはいけないのです。マーケティングリサーチは、要因の一つにしかならないのです。

5年前とか10年前に「AとBのどちらがよいか?」という質問があった場合、社内のマーケティングセクションに消費者調査を実施してもらい、その結果に従えばよかったのでしょう。今は違います。企業の戦略、上司の考え方等といった様々ものを考えあわせて、何をすべきかあるいはしないべきかの判断を下さないといけません。

社内リサーチャーの役割は、マッチ・メイカーであるべきと考えます。マーケッターと消費者との距離を縮め、お互いが理解できるような環境を整えるのがリサーチャーなのです。

もちろん、リサーチャーにとって分析能力が重要なのは言うまでもありません。繰り返しになりますが、定性情報が集積し、定性版SPSSの登場を待っているこの時期においては、今まで以上に重要であると考えます。このように、我々の中では、マーケティングリサーチの役割が見直されました。そして、マーケティングリサーチが社内での活躍の場を取り戻しつつあります。

(プレゼンはここで終わりです)

定性調査へのシフトと、今後の定性調査の課題

以上、Sara Lee社のリサーチ・ディレクターPascal Mignolet氏によるプレゼンテーションを紹介させていただきました。上記の通り、Sara Lee社では、定量調査の比重や信頼度が大きく下がり、定性調査が重要になってきているようです。かといって、今ある定性調査のサービスがSara Lee社のリサーチニーズをすべて満たしているというわけでもなく、現在は試行錯誤状態のようです。

Sara Lee社が抱える、定性調査への大きな課題(期待)は、以前紹介させていただいたGeneral Mills社が感じていた課題(期待)と全く同じようなもののようです。それは簡単に集めることが出来るようになった大量のデータをどのように分析するのかという問題です。

「写真やビデオをどのように分析しインサイトを得るのか。何百もの写真が集まったと喜んでいてもしかたがありません。多くの写真からインサイトを得るためのツールや分析方法が、もっと必要だと思うし、そのような研究をもっとリサーチ業界に期待したいと思います。例えば顔表情をコーディングするツールだとか、ビデオとテキストを結びつけるみたいなツールを我々は必要としています。」
(Jeanine Bassett, General Mills Vice President Global Consumer Insights)

Pascal Mignolet氏は、この大量データの分析についてSPSSによる定性版の因子分析手法が欲しいと表現していますが、これは上手い表現ですね。

さて、冒頭のテーマに戻りますが、今後リサーチ業界において、定量調査と定性調査の比重はどのように変化していくのでしょうか?Sara Lee社のように、定量調査が減って定性を重視するユーザーは今後増えていくのでしょうか。それとも、定量調査の比重が減ったSara Lee社は特別な存在なのでしょうか。いずれにせよ、今後定性調査が重視されるといっても、まだまだ解決すべき課題はたくさんありそうです。この課題が解決されたときに、はじめて定性調査が今後もっと伸びていくと、確信を持って言えるようになるのかもしれませんね。

皆様はどう思いますでしょうか?