バークレイズ銀行の大学生向け口座サービスのリニューアル

さて、昨年同様、新年早々は、定性調査というものを改めて考えてみたいと思います。
定性調査を実施する価値ってどこにあるのでしょう?

本メルマガをお読みいただいている皆様の中には、定性調査の専門家の方もおられる一方で、これまでにあまり定性調査を実施されていない方もおられます。弊社は定性調査サービスの提供がメイン事業となっておりますが、やはり、現在あまり定性調査を実施されていない皆様には、定性調査の価値をご理解頂き、もっと実施していただきたいと考えております。そのためには様々な企業様で定性調査がどのように利用されているのかを紹介させていただくのが一番よいかと思っており、昨年は、P&Gのファブリーズの開発事例を紹介させていただきました(この記事は、昨年かなりご好評を頂きましたので、昨年度お読みいただけなかった方は、ぜひご一読ください)。

今年は英国のバークレイズ銀行が定性調査を活用して学生向け口座をリニューアルしたストーリーを紹介させていただき、このストーリーから定性調査の価値をお伝え出来ればと思います。

なお、以下のストーリーは英国のマーケティングを勉強する学生のために書かれたケーススタディーを参考にさせていただきました。

※ 元記事はこちら
http://businesscasestudies.co.uk/barclays/discovering-customer-needs-through-research/introduction.html#axzz2omWRIYG4

バークレイズ銀行と大学生市場マーケット

バークレイズ(Barclays PLC)は、イギリス・ロンドンに本拠を置く国際金融グループです。銀行、投資銀行、証券業、クレジットカードを事業分野とし、全世界に幅広い営業拠点を持ち総資産高では世界第2位(2009年)のイギリスを代表する金融グループです。あまり金融業界に馴染みのない方も、バークレイズが、香川選手のマンチェスターユナイテッドが所属するイングランドプレミアリーグのスポンサーをしており、リーグがバークレイズ・プレミアリーグというのをご存知かと思います。

我が国と同様に英国における個人向け金融サービスは、とても競合状況が激しい市場です。個人客にとっては実店舗やオンライン上に様々な金融サービスの選択肢が存在し、給与の振込、請求の支払い、貯金等において様々な銀行を利用しています。

個人向け市場は年齢、ライフステージ、地域、職業等によって様々なセグメントに分類されます。この話のあった2009年当時、バークレイズはその中でも大学生マーケットが、今後のビジネス発展において非常に重要なマーケットではないかと考えていました。大学生は金融サービスを初めて利用する層であり、この層を取り込むことが出来れば、今後長期的な関係を築くことができ、そのLTV(ライフタイムバリュー)は非常に大きいのではいかという仮説を持っていたのです。そこでバークレイズは大学生向け口座サービスのリニューアルを行いたいと考えていました。

リニューアルに際して、バークレイズはこのマーケットのニーズを十分に理解したいと考えていました。そして彼らのニーズに沿った新サービスを開発したいと考えていました。そこで、まずは自社内にあるデータのレビューを行いました。この自社内にあるデータレビューの目的は、このターゲットの特徴を再確認することです。

自社データの見直しによって、様々な発見をすることが出来ました。例えば大学生マーケットは新学期が始まる9月/10月に拡大するものの、この時期に銀行を選ばない学生も多くいて年間を通してマーケットが活発であることを確認しました。また、彼らが一度、バークレイズに口座を開いてくれると、その関係は何年間にもわたる長期的な関係になることも確認し、このマーケットが非常に重要であるという仮説を確認しました。

このような確認を踏まえて、バークレイズは外部の調査会社と共に、マーケティング・リサーチプロジェクトを実施しました。

定性調査からのインサイト

まず、最初にマーケットを理解するための定量的なインターネットリサーチを実施しました。この定量調査からの主要な発見は、学生全体の81%が銀行口座を持っている事、また全体の32%がインベストメント・セービング口座を持っていることでした。

しかしながら、バークレイズはターゲットとなる学生達の金融サービスに対するニーズをもっと深く理解したいと考えていました。

特に

  • 現状の大学生向け金融商品・サービスに対してどのように考えているのか。
  • 彼らが新しいサービスにどのようなことを望んでいるのか

を理解したいと考えていました。

そこで、ターゲットとなる大学生と、大学生の利用者が多い支店のスタッフを対象にグループインタビューを実施しました。

このグループインタビューから、以下の4つのキーとなるインサイトが発見されました。

  1. 学生は様々なクレジットをとても頼りにしている。

    特に、学生生活に必要な資金を賄うことのできる、オーバードラフト(自分の貯金額を超えてお金を引き出すことが出来る機能)に対するニーズは非常に大きい。
  2. 学生は、モバイルツール(携帯電話・スマートフォン)やラップトップコンピューターをとても必要としている。
     
  3. 学生は借り入れ用口座を、自分の日常利用の口座とは別に管理したいと考えている。
     
  4. どんなインセンティブもそれだけでは、彼らの商品・サービスの選択を変えてしまうだけのモチベーションにはならない。あくまで、おまけ的なものとして考えられている。

インサイトから生まれた新サービス

これらのインサイトはバークレイズが、最も魅力的な大学生向け口座サービスを考えるために非常に役立つものとなりました。バークレイズは、大学生が新しく口座開設の際に重要な点は、「その口座の安全性・信頼性」、「オーバードラフト機能の充実」、「口座管理が柔軟に出来る」、「魅了あるインセンティブ」だと考え、新サービスのコンセプトを作成しました。そして新しいサービスの主要なプロポジションを以下の3つに設定しました。

  • 学生の費用負担がないように口座維持費は無料
  • これまでに、最大500ポンドまでしか借りる事ができなかったオーバードラフトの借り入れ枠を、口座開設の最初から2,000ポンドまで無利子で借りられるように拡大。
  • 口座に簡単にアクセスできるように、モバイルバンキング機能と各地方支店とのネットワークを充実・強化


また、インセンティブについても、様々な検討がなされました。そして、上記グループインタビューで発見されたモバイルツールに対するニーズは非常に大きいというインサイトを基に、新サービスのインセンティブに関して、大学キャンパスを利用した更なるリサーチを行いました。そして、ターゲットとなる学生にとってはモバイルブロードバンドサービスのインセンティブがとても魅力的である事を発見しました。

「このモバイルブロードバンドサービスの特典はとってもありがたい。このサービスがあるのなら、バークレイズの新しいサービスを、絶対もっと詳しく調べてみるようになるね。」(調査対象者コメント)

この調査結果に自信を持ったバークレイズは、このインセンティブを実現するために、英国No.1のインターネットサービスプロバイダーであるOrange 社とパートナーシップを組み、バークレイズ学生口座を開設した人は、Oramge社のブロードバンドサービスを通常の25%オフで利用出来るというインセンティブを提供することにしました。このインセンティブには副次的な効果もあり、Orange社の市場における信頼性は、バークレイズの新しい大学生用口座サービスへの信頼性を高める事にもなりました。

大学生口座サービス、リニューアルの成功

このようにバークレイズの新商品である大学生口座サービスのリニューアルは定性調査から得られたインサイトをベースとしたアプローチで行われました。充分に計画されたマーケティング・リサーチによって、バークレイズはターゲットである大学生が何を考え、何を求めているのかを理解することが出来ました。そして、その発見に基づいてリニューアルしたサービスを開発しました。

リニューアルされたバークレイズの大学生口座サービスは、現状口座数の25%アップという目標を大きく上回る34%アップを達成しました。そして、当初3番目であったのが大学生マーケットのシェアが、2番目にまで上昇しました。


事例の紹介は以上です。

最初に書かせていただきましたように、この元記事は、英国でマーケティングを勉強する学生のためのケーススタディとして書かれたものです(なので調査手法や結果に関して詳細に記載しているわけではありません。この点はやや物足りなくてすいません)。では、このケーススタディがマーケティングを勉強する学生に最も伝えようとしている事は何なのでしょうか?

自社のお客様のニーズを理解して、その理解に基づき商品やサービスを展開する事の重要性と、そのニーズを理解する手段としての定性調査の重要性だと思います。

最近、新しい定性調査手法が登場してきており、弊社も様々な取り組みを行っています。しかしながら、どんな手法であれ定性調査を実施する、唯一絶対の目的は、お客様のことを理解することかと思います。弊社は、このことを常に忘れずに、本年度も皆様のお手伝いをしていきたいと思います。