グルインで「なぜ」を聞くのは無意味と行動経済学者が言っていますが・・・

今回は行動経済学の話です。

最初に皆様に考えていただきたい調査事例があります。

あなたは、調査会社のリサーチャーだとします。クライアントさんから、新しく開発を考えている製品のコンセプトテストを行いたいとネット調査の依頼がありました(グルインでもよいです)。クライアントさんからは、本命として考えているコンセプトのP、参考として、Pの一部を変更したP’、そしてコントロールとして、競合製品のコンセプトであるQの3つのコンセプト(P、P’、Q)をもらいました。あなたは、シークエンシャルモナディック(それぞれのコンセプトの単独評価を3回繰り返し)と3つを同時に呈示しての相対評価という調査設計を行いました・・・

これって、よくありがちな話だと思いますが、上記調査設計には、実は大きな問題点があります。どこが良くないのでしょう・・・ 答えは、以降を読み進めて頂ければと思います。

さて、最近、面白い本を読みました。ダン・アリエリーが書いた『予想どおりに不合理:行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』という本です。数年前にヒットした本なので、これまでに読まれた人も多いかもしれません。最近単行本が発売されて、私も今さらながら読んでみたら、リサーチの仕事をする上で、とても考えさせられる本でした。

我が国のリサーチ業界で、行動経済学が話題になることは、まだまだ少ないように思いますが、海外では今、とても注目を浴びているようです。例えば、この6月にESOMARでは、「Behavioral Economics and Research Seminar」というセミナーを開いており、行動経済学がリサーチを根本から変えてしまうのではないかといったようなショッキングなことを言う人も出てきているようです。

では、行動経済学が、これまでのリサーチを根本から変えるかもしれないと言われているのは何故なのでしょう。

行動経済学とは

2002年に行動経済学者のカーネマンがノーベル賞をとって、日本でも話題になったので、ご存じの方も多いかと思いますが、一応、行動経済学について簡単に説明させていただきます。

ウイキペディアには

「典型的な経済学のように経済人を前提とするのではなく、実際の人間による実験やその観察を重視し、人間がどのように選択・行動し、その結果どうなるかを究明することを目的とした経済学の一分野である。」

と書かれていますが、これだけでは、イマイチよくわからないので、具体的な事例を紹介させていただきます。
カーネマンが唱えた有名なプロスペクト理論です。

例えば、以下の二つの質問について考えてみてください。

質問1:あなたの目の前に、以下の二つの選択肢が提示されたものとする。

  1. 選択肢A:100万円が無条件で手に入る。
  2. 選択肢B:コインを投げ、表が出たら200万円が手に入るが、裏が出たら何も手に入らない。


質問2:あなたは200万円の負債を抱えているものとする。そのとき、同様に以下の二つの選択肢が提示されたものとする。

  1. 選択肢A:無条件で負債が100万円減額され、負債総額が100万円となる。
  2. 選択肢B:コインを投げ、表が出たら支払いが全額免除されるが、裏が出たら負債総額は変わらない。

質問2も両者の期待値は-100万円と同額です。普通に考えれば、質問1で「選択肢A」を選んだ人ならば、質問2でも堅実的な「選択肢A」を選ぶだろうと推測されますが、質問1で「選択肢A」を選んだほぼすべての者が、質問2ではギャンブル性の高い「選択肢B」を選ぶことが実証されているそうです。

この一連の結果を見ると、人間は目の前に利益があると、利益が手に入らないというリスクの回避を優先し、損失を目の前にすると、損失そのものを回避しようとする、非合理的な意思決定をする傾向があるということが見えてきます。

もう一つ、事例を紹介します。これは、「予想通りに不合理」に載っていた事例です。

最近は、雑誌も紙媒体(印刷版)に加えてWEB版でも販売されるのが、あたりまえになってきています。皆さんは、エコノミストという経済誌をご存知かと思いますが、ネット上に以下のような広告が出ていました。あなたは、どのオプション選びますか(エコノミストに興味がなければ、自分のよく読む雑誌に置き換えて考えてみてください)?

  1. エコノミストWeb版: 年間購読料59ドル(約5,900円)
  2. エコノミスト印刷版: 年間購読料:125ドル(約12,500円)
  3. エコノミスト印刷版とWeb版のセット購読:125ドル(約12,500円)

これをマサチューセッツ工科大学(MIT)の大学院生100人に選ばせたところ、以下のような結果となりました。

  1. エコノミストWeb版のみの年間購読料:59ドル(約5900円)⇒16人
  2. エコノミスト印刷版だけの年間購読料:125ドル(約12500円)⇒0人
  3. エコノミスト印刷版とWeb版のセット購読:125ドル(約12500円)⇒84人

次に、以下のオプションを呈示して、MITの別の100人に選んでもらいました。

  1. エコノミストWeb版:年間購読料:59ドル(約5900円)
  2. エコノミスト印刷版とWeb版のセット購読:125ドル(約12500円)

その結果は・・・

  1. エコノミストWeb版のみの年間購読料:59ドル(約5900円)⇒68人
  2. エコノミスト印刷版とWeb版のセット購読:125ドル(約12500円)⇒32人

前者も後者もWeb版は59ドルで、印刷版とWeb版のセットは125ドルで何も変わっていません。しかしながら、前者と後者では結果が逆転してしまいました。

何故このようなことが起こるのかは、皆さんはお分かりだと思いますので、詳しい説明は省きますが、前者3つのオプションがある場合は、2のエコノミスト印刷版(12,500円)が、印刷版とWeb版のセット購読(12,500円)の価値にバイアスをかけたので、このような結果となったのでしょう。この結果を見ると、人間の意思決定は絶対的なものではなく、相対的なものであることがわかります。つまり、人間の意思決定は常に合理的に行われるのではなく、状況に深く依存して、不合理的に行われる傾向が強いということです。

こうした人間の非合理的な意思決定、行動を説明できるように、標準的な経済学の前提などを心理学の成果などを取り入れて変更し再構築しようとする一連の理論が行動経済学で、認知心理学や実験経済学と関わりが深い経済学です。

では、人間はなぜ合理的ではなく不合理な意思決定を行うのでしょうか。

カーネマンは、その著書「ファスト&スロー」で人間の脳には2つの思考があると唱えています。一つが「速い(ファスト)な思考」、もう一つが「遅い(スロー)思考」。カーネマンは前者を「システム1」、後者を「システム2」と名づけています。

たとえば、「2×2=」という数式を見ると、あなたは、なにかを意識することなく瞬間的に「無意識的に」答えが分かるかと思います。一方で、「34×12=」となると、瞬間的には分らないと思います(意識しないとわからない)。

このとき、前者で働いているのがシステム1、後者で働いているのがシステム2、なのだそうです。(マーケティングの言葉で置き換えると、前者はFCBグリッドで言うところの感情型、後者は思考型と言うところでしょうか・・・)

で、人間の意思や行動は、驚くほどに「システム1」に制約されている・・・というのが、カーネマンの最大の主張です。しかしながら、システム1は時にバイアスを生み出すこともあるし、また、複雑な問題を単純で分りやすく勝手に置き換えてしまったり、厳密な論理や統計からは外れた判断を、瞬間的に行ってしまうことがある。そして、人間の「不合理」な行動を行ってしまうとのことです。

行動経済学とグループインタビュー

マーケティング/マーケティングリサーチにおける最大の関心事は購入という意思決定かと思います。この購入という意思が、行動経済学者の主張どおり、ほとんどがシステム1で支配されおり、無意識下で不合理に行われているとしたら、意思決定を行った理由を聞くことは無意味であるという話になります。つまり、グループインタビューやデプスインタビューで「あなたは、その製品を買ったのは『なぜ』ですか?」と聞くのは無意味、時として間違った方向に導かれるとも考えられるという話になります。

予想通りに不合理を書いた行動経済学者のダン・アリエリーは、自分のブログでグル―プインタビューについて、以下のように書いています。

http://danariely.com/tag/focus-groups/

このブログを要約すると

  • 重要なビジネス上の決定をする際に、しばしばグループインタビューが利用される。グループインタビューとは、本人が何を話しているかを真に理解していない少人数のグループに頼る手法である。これは、どの程度有効なものなのか疑問である。
  • 我々の行動は、しばしば脳の我々が意識的にはアクセス出来ない未発達な部分によって支配されている。だから、我々は何故自分がそのように行動したかを理解していない。
  • しかしながら、我々は、自分が理解していない自分の行動について「語る」ことが出来る。それは、我々の優秀な脳の前頭葉が、自分の理解していない行動に関する物語を作り上げることができるからである。 「なぜ、あなたはこのブランドの柔軟剤を買ったの?」と聞かれると、我々の脳は「ドライヤーで乾かしていると、春の風のような香りが漂ってくるのが素敵だから・・・」なんていう素晴らしい物語を創造することが出来るのである。
  • では、なぜ、皆は重要なビジネス決定をする際に、少数の想像力に頼ろうとするのだろうか。私は、ここにも人間の脳の不合理さが影響していると考えている。我々は物語が大好きなのである。グループインタビューで語られるような物語は、我々の脳に突き刺さりやすく、それが本物だと思ってしまう傾向があるのである(バイアスがかかりやすい)。
  • 我々は、ビジネス上の意思決定をする際には、もっと事実に基づいたデータを利用しなければならないのではないだろうか。

では、我々は、今後、行動経済学とどのように付き合っていけばよいのでしょうか。

定性調査は今後どこに向かうのか

今後、我々調査に係る人間は、行動経済学と、どのように係っていくべきなのでしょう。この点に関して、我が国においては、あまり議論がなされていないように思いますが、海外では、前述ESOMARでワークショップが開かれているように、様々な議論が行われているようです。

また、行動経済学をベースにしたリサーチ会社が登場したり、最もInnovativeな調査会社と言われているBrain Juicer社では、カーネマンのシステム1/システム2理論をベースにした調査手法/サービスをローンチするといった動きも見られます。

とはいえ現時点では暗中模索状態であり、明確な結論は出ていないといえましょう。

そんな中で、英国Acasia Avenueという定性専門調査会社のファウンダーであるWendy Gordonによって書かれたInternational Journal of Market Researchの記事「Behavioral economics and qualitative research ? a marriage made in heaven?」は今後の定性リサーチャーのあり方を考える上でとても参考になります。

※この記事は現在削除されています
※この記事は、JMRA、Marketing  Researcher No.117内の、(株)トークアイの佐野様の記事でも紹介されています。

この記事の中で、Gordonは、今後の定性リサーチャーは以下の原理に基づき(以下のことを前提としながら)、リサーチを実施すべしという主張しています。

  1. 人間は自分が思っていることは言わず、言うことは思っていることではない。彼/彼女達が「将来する」と言ったことは、通常、ほとんど起こらない。

    人は自分が自分の行動した理由を理解できない。定量、定性問わず最もリサーチで聞かれる質問である、「あなたはこの製品を買いますか」という質問にたいする回答も、今後の購入行動を予想するというよりは、今後の購入態度がポジティブかネガティブなのかという程度に理解した方がよい。
  2. 人の行動はコンテクストに依存する。

    人の行動はwhere, how, who, whenによって変わる(whyではない)。そして、グルイン会場でのグルインやデプスは、コンテクストとかけ離れたリサーチである。
  3. 言語は優れた道具ではない

    しばしば、人が自分の感情や気持ちを「言葉」で表現するのは困難な時がある。言葉というのは限られていて、感情や気持ちを表すのに十分なツールではない。
  4. 無意識や直観というものが存在する。

    定性調査でどんなに頑張っても、本当の行動の理由を明らかにすることが出来ないかもしれない場合がある。何故なら、対象者の無意識下の行動は顕在化できないからである。
  5. 感情がすべての行動を支配している。

    人は合理性のみで行動するのではない。合理的な意思決定の中には、感情が大きな要素を占めていることを知るべきである。合理的と感情的は別個のものではなく、お互いに絡み合って意志決定にかかわっている。
  6. 記憶は動的に変化する。

    記憶は写真のように固まっているわけではなく、思い出す時のコンテクストによって記憶も変化する。
    リサーチ内で、対象者が語ることは、必ずしも事実ではなく、状況に応じて作り上げられた物語であるかもしれない(これは嘘をついているわけではなく、対象者が無意識に行っている)。
  7. We-Research

    人間は、社会的動物であることを意識すべき。これが意味するところは、これまでの質問型のリサーチ手法に、ソーシャルリスニングを加えていくことが重要になってくることを意味する。

 
このような、原理を踏まえると、今後のリサーチはどうあるべきか、少し見えてくるような気がします。詳しくはまたの機会に書きたいと思いますが、私はこの主張を読んで、調査業界は、今後、コンテクストを意識した行動観察的な調査や、真実の瞬間(Moment of truth)を捉える調査(前回紹介したモバイルリサーチはその一例)、言葉に頼らずに感情を理解する調査(脳波測定、顔表情分析等)といった新しい手法を、あらゆる意味で(費用、期間、つかいやすさ、わかりやすさ、信頼性等)改善し、もっと使えるようにしていく必要があるのではないかと思いました。皆さんはどうお感じになりましたでしょうか。いずれにせよ、私としては、行動経済学を勉強することは、(定性、定量に係わらず)リサーチャーとしての能力をアップさせるために非常に重要なことだと思います。

ここで冒頭で質問させていただいたコンセプトテストを思い出してください。皆さんは設計の問題点がわかわかりましたか。これは、途中で紹介したエコノミストの例と同じですね。競合コンセプトQに対して、新製品コンセプトPがあります。しかし、コンセプトPの一部を変更したコンセプトP’はコンセプトPの評価に影響を与えます。こうなると、コンセプトP(新商品)のQ(競合ベンチマーク)の比較結果には何らかのバイアスが入ると考えられ、これでは公平な調査ではないと言えましょう。逆に言うと、このバイアスを利用すると、調査結果をコントロールしてしまうことも可能です。クライアントさんが社内で通したいコンセプトがある時には、そのコンセプトと同じ価格で、一部グレードを落としたコンセプトを用意してあげたら・・・あなたが用意したコンセプトのおかげで、クライアントのコンセプトの評価が上がることは間違いなし!(なんて、決して悪用しないようにしましょう(笑))。これは冗談ですが。

もちろん、このようなことを経験を通して気が付いているリサーチャーの方々も少なくはないとは思いますが、経験の少ないリサーチャーは知らなかったりして、バイアスの掛かった調査を知らず知らずのうちに実施してしまったりしているのではないでしょうか。でも、行動経済学を勉強していれば、このようなバイアスに掛かった設計をしてしまうみたいなことは(ある程度は)避けることができるでしょう。また、リサーチ結果を解釈し報告する際には、行動経済学の理論や知見は、よりアクショナブルな提言につながるのではないでしょうか。行動経済学の理論や研究結果を知ることは、リサーチの設計や、結果を分析する際に、大いに役立つ・・・というか、知っておかなければいけない必須科目のように思います。

行動経済学は調査業界にとっては、黒船が襲来したようなものかもしれません。今後、我々は、行動経済学を敵とみなして無視し続けるのか、友達として深く付き合っていく道を探るのかを、考えていかなければならない時が来ているのではないでしょうか。