優れたモデレーターの資質とは

このコラムでは、様々な新しい定性調査の手法や定性調査トレンドについて紹介させていただいています。これまでも色々と紹介させていただいて来ましたが新しい定性調査手法には、従来型グループインタビューやデプスインタビューにはない、様々なメリットがあります。新しい定性調査は、モデレーター/インタビュアーが、実査中にクライアントと密にコミュニケーションが出来るため、従来型グループインタビューやデプスインタビューほど、モデレーター/インタビュアーの力(だけに)に頼りきりになる必要がないと考えられます。

だからと言って、新しい定性調査において、モデレーター/インタビュアーといった人の力は必要ないという訳では全くありません。従来型グループインタビューやデプスインタビューと同様に、新しい定性調査でも、よりよい結果を得るために、この人たちのスキルや能力がとても重要であることには変わりありません。

では、優れたモデレーター/インタビュアーとは、いったいどのようなスキルや能力を持った人なのでしょうか?前回の記事で、米国RIVA Market Research & Training Instituteというところで、モデレーターのトレーナーとして活躍されている、Naomi Hendersonという人を紹介させていただきました。その中で、優れたモデレーター(Master Moderator)が持つべき25の資質について紹介した記事があります(かなり古いですが・・・)。今回は、この記事を紹介させていただきつつ、定性調査におけるモデレーター/インタビュアーについて考えたいと思います。

※元記事はこちら

なお、定性調査において、対象者から話を聞き出す人は、モデレーター/インタビュアー/ファシリテーター等、様々な呼び方で呼ばれています。個人的にはグループインタビューの司会者はモデレーター、デプスインタビューはインタビュアー、MROCはファシリテーターかコミュニティマネジャーという使い分けが、各言葉の意味合いを考えると正しいと考えています。いずれにせよ、全てを併記するのは、うっとうしいので、以後はモデレーターという表記のみさせていただきます。

マスターモデレーターの一般的な資質

まず、最初にNaomi Hendersonが述べている熟練/優秀なモデレーターが持つ一般的な資質について紹介させていただきます。なお、Naomi HendersonはMaster Moderatorという言葉を使っています。このMasterという言葉、熟練とか、優れたとか言う日本語訳になるのでしょうが、イマイチ、ぴったりしないような気がします。ニュアンス的には、落語の名人みたいな感じかと思います。なので、以下は原文通りで、マスターモデレーターという言葉で通させていただきます。以下は、彼女が書いた文章からの抜粋です。

航空機のパイロットに関して、“There are bold pilots and there are old pilots, but there are no old, bold pilots.(大胆パイロットもいるし、経験があるパイロットもいるが、大胆で経験があるパイロットはいない)”という諺があるそうです。マスターモデレーターに、これは全くあてはまりません。マスターモデレーターは大胆かつ経験がある人です。

単に10年、15年と経験を積めばマスターモデレーターになれるわけではありません。新しいものを積極的に勉強し、取り入れる姿勢・態度がなければ決してマスターモデレーターにはなれないでしょう。具体的には、以下の5つの姿勢を持っていることが必要です。

  1. リスクを冒してでも新しいものにチャレンジする姿勢
  2. 新しいものを得るためにトレーニングや研修を受けることに積極的であること
  3. 定性調査において、人と関わるための手法/技術を絶え間なく身に着ける姿勢
  4. 与えられた120分という時間内で、よりよいデータを、より効率的に得るための手法/技術を開発する姿勢
  5. クライアントに様々な、最適なグループ手法(スーパーグループ、クリエイティブセッション、ピギーバッググループ等)を提案しようとする姿勢

上記に書いてあることは、かなり被っているようにも見えますが、要は、新しいものを吸収し、リスクを冒してもチャレンジして、よりよいものを追求していく姿勢を持つことが大事だということでしょうか。この文章が書かれたのは1989年とかなり昔の話です。このコラムで紹介しているように、定性調査手法には、現在様々な新しい選択肢が登場してきています。今に置き換えると、マスターモデレーターとは、これらの新しい手法に積極的にチャレンジを新しいものを生み出していける人と言えるのではないかと思います。

マスターモデレーターの持つ25の具体的な資質

次に、もう少し具体的な話です。Naomi Hendersonは、マスターモデレーターが持っている25の資質について、以下のように述べています。
 

  1. Maintains research objectivity. /リサーチの客観性を保てる

    マスターモデレーターは、調査結果に対して自分のエゴをモデレーションや結果報告に持ち込むことなく中立的な立場でいることが出来る人である。
     
  2. Establishes research objectives. /調査の目的を見極め明確化することができる

    マスターモデレーターは、クライアントが、適切で実現可能な調査目的を設定することをサポートしたり指導したりすることが出来、その目的を達成するための調査手段を提言することが出来る人である。
     
  3. Understands the foundations/applications of market research./マーケティングリサーチのすべてを理解し、何が出来るのか、出来ないかを明確に理解している

    マスターモデレーターは定性調査に関して、クライアントのブリーフから、最後のプレゼンテーションまでのリサーチプロセスをすべて理解し、定性調査の役割、出来る事、出来ないことを明確に理解している人である。
     
  4. Recommends appropriate methodologies. /適切な手法を提言することが出来る

    マスターモデレーターは調査目的を達成するための適切な手法を提言できる人である。それは、調査目的を達成するのに定性調査が適切ではない場合、会社/自分の収入を犠牲にしてでも定性調査以外の手法を提言できる人であることが含まれる。また、必要な情報を出来るだけ得るために必要な環境を整えることが出来る人でもある。
     
  5. Practices unconditional positive regard. /無条件なポジティブな観点を持っている

    マスターモデレーターは、それが論理的なものであろうと、非論理的なものであろうと、対象者やクライアントからのリサーチトピックに関連する発言を聞き取る素晴らしい能力を持っている。この能力は、その発言が退屈なものであろうと、突飛なものであろうと、中立的な表情で話を聞きつつ、かつ共感的な態度を示す能力が含まれる。

    また、マスターモデレーターは、有益な情報、創造的なアイデア、金の山は、最初は、意味があるものを生み出すとは思えない場所に存在していることを知っている。
     
  6. Maintains good listening skills./優れた聞く能力・技術を維持することが出来る

    マスターモデレーターは、対象者を誘導したりすることなく、話を聞く卓越した能力を持っている。これは、対象者が、質問に対して、最初に思い浮んだ反応だけではなく、誘導することなく、2番目、3番目に思い浮かんだ反応を引き出す力が含まれる。
     
  7. Remains observant. /常に、観察眼が鋭く、対象者に目を配ることが出来る

    マスターモデレーターは、ルーム内の様々な空気を読むことが出来る人である。例えば- 見知らぬ人たちの集団の中で、ある人がモデレーターや他の新しい「仲間」(他の対象者)の気を引こうとしている様子を見抜ける- グループを支配しようとしている対象者や、距離を置こうとしている対象者の様子が分かる- 発言したいが躊躇している人を、その様子から見分けるといった能力を持っている。
     
  8. Practices “invisible leadership” skills./目に見えないリーダーシップがある

    マスターモデレーターは、“leading the witness trap”(答えを誘導するような質問の仕方の罠)に陥らず、またグループの中で行われているディスカッションへの興味を維持しつつ、グループをリードすることが出来る人である。

    これは、今、話し合われているトピックをどこまで続けるか、新しい情報を与えるためのプロービングをどのように行うのか、有益な情報を得られそうにない時に、どこで質問をストップするのが適切なタイミングなのかを判断する能力が含まれる。

    マスターモデレーターは、グループの最初の5分間で、またグループ進行中の必要に応じて、グループ内にラポールを形成し、対象者を支配することなく、グループを掌握できる人である。
     
  9. Moderates effectively. /効果的にモデレーションが出来る

    マスターモデレーターは
    - 対象者が、自分の認識、意見、信念、態度を安心して表現することが出来る環境を準備することが出来る- 対象者にグループの目的と、参加にあたってのルールを伝えることが出来る
    - 評価することなく対象者に接することが出来る
    - トピックの終了と移行を適切に行うことが出来る
    - グループの中に発生する多様な意見を認め、結論や合意形成することなくグループをまとめることが出来る- ディスカッションが横道に外れた時は、強い態度で軌道修正が出来る。 
    - 一問一答的なインタビューを避けつつも、参加者全員を会話に加えることが出来る。
    - ディスカッションガイドではなく、対象者に注視してグループを進めることが出来る。
     
  10. Handles diverse opinions. /多様な意見をハンドリングできる

    マスターモデレーターは、対立的ではなく、評価・判断することなく、脅迫的ではなく、多様な意見を受け入れることが出来る。また、他の対象者に対しても、お互いにそうであることを求めることが出来る。
     
  11. Remains flexible./柔軟である

    マスターモデレーターは、定性インタビュー調査中に発生する、様々な事態に対処することが出来る能力を持っている。例えば時間管理、論理性の追求、様々な要素の結びつける、様々なマテリアルやコンセプトからの反応を得るための創造的なアプローチ、抑圧的な対象者の管理、 押し黙った対象者への刺激、適切なプロービング、退屈な状態に陥ったグループへのエネルギー注力、長い回答を得るための、端的な質問、非協調的なグループの雰囲気を協調的な雰囲気に変換させる、等の能力を持っている。
     
  12. Conducts linking and logic tracking. /様々な発言を論理的に結び付けることが出来る

    マスターモデレーターは、ある対象者が前に何を言ったかを思い出して、現在の話していることと論理的に結びつけ、対象者の頭の中を整理してあげることが出来る能力がある。
     
  13. Uses a variety of techniques. /様々なテクニックを駆使することが出来る

    マスターモデレーターは、様々な技術(例:NLP、投映法、悪魔の代弁法、ロールプレイ、紙とペンを使ったタスク法等)の活用を駆使して、対象者から様々なデータを引き出すことが出来る。
     
  14. Creates custom questions and custom guides. /適切なディスカッションガイドや質問項目を作成できる

    マスターモデレーターは、対象者が、思考プロセスに沿った、答えやすく、考えていること全て適切に表現出来るような効果的なディスカッションガイドを作成することが出来る。これは、適切な場面での、適切なリフレーミング(認知再構成)させる質問の使用も含まれる。
     
  15. Uses interventions. /介入テクニックを使用出来る

    マスターモデレーターは、簡単なものから複雑なものまで、様々な介入テクニックを活用できる。グループが一問一答的なインタビューに陥りがちな時は、対象者をペアにして、ディスカッションさせたり、刺激物を利用したりといったテクニックを利用できる。
     
  16. Uses sophisticated naivete./上手に知らないふりが出来る

    マスターモデレーターは、対象者を誘導することを避けるため、また会話の流れにモデレーターの意見を持ち込むことを避けるために、上手く知らないふりをすることが出来る。
     
  17. Comfortable with uncertainty./突発的な事態に対応することを楽しめる

    マスターモデレーターは、実査中に発生する驚きやすばらしいアイデア、突然の調査設計の変更を、当然ものとして落ち着いて、また楽しんで対応することが出来る。
     
  18. Thinks rapidly/makes appropriate decisions. /迅速に考え適切な意思決定が出来る

    マスターモデレーターは、様々な状況に対して、迅速に考え、クライアントや対象者からの承認を待たずとも、適切な対応が出来る。これには急にプロジェクトの期間が短くなった場合でも品質を損なわずに対応が出来るということも含まれる。
     
  19. Utilizes other paradigms. /他のパラダイムを活用できる

    マスターモデレーターは、クライアントに最高の結果を提供するために、他の様々なパラダイム(複雑な様々なアイデアを説明するのに有効なパターン、事例、モデル、コンセプト等)からの技術やマテリアルを活用することが出来る。
     
  20. Allows spontaneity in group process. /グループの自発性を認めることが出来る

    マスターモデレーターは、厳格な調査フォーマットに基づく、抑圧的なグループのコントロールではなく、自然と湧き上がる会話を重視することが出来る。
     
  21. Uses accurate language and paraphrases./正確な言葉とパラフレーズ(言い換え)を利用出来る

    マスターモデレーターは、ディスカッションの時々において、
    + 発言を真剣に聞いて、理解している
    + すべての発言は貴重であるというメッセージを対象者に伝えるために、対象者の発言を言い換えて伝え返す。この技術は、対象者のことを推測するのではなく、対象者の口から正確な言葉を発してもらうことによって理解するのに役立つ。
     
  22. Analyzes qualitative data./質的なデータを分析出来る

    マスターモデレーターは、主観的なデータを客観的な視点で分析し、そこに様々な共通点を見つけることによってサマリー、結論、提案をクライアントに報告することが出来る。
     
  23. Markets services appropriately. /自分を適切にプレゼンすることが出来る

    マスターモデレーターは、プロとしての自分のスキルや資格を見込みクライアントに適切な価格で呈示することが出来る。
     
  24. Manages all project aspects. /プロジェクトの全ての側面を管理できる

    マスターモデレーターは、以下の定性調査の全ての面を適切に管理出来る。
    + 調査デザインの設計
    + リクルーティング
    + インタビュー
    + 実査中のクライアント対応
    + 分析
     
  25. Remains human, not mechanical. /常に人間味があり、機械的な対応をしない

    マスターモデレーターは、個人として、リサーチャーとして、エキスパートとしてグループをリードするが、このどの側面もグループ内では開けっぴろげにはしない。マスターモデレーターはいつ何時も、自然な会話を妨げる存在ではなく、ディスカッションに不自然な要素を加えることはしない。マスターモデレーターは、グループのコントロールを失うことなく、また対象者を見下すことなく、自然体で、対象者の人間としての様々な反応を受け入れることが出来る。


以上、Naomi Hendersonが考える、マスターモデレーターが持っている25の資質を紹介させていただきました。本コラムをお読みになっている方の中には、モデレーターとして活躍されている方も多数いらっしゃいます。上記の25の資質は、皆様のお考えと合致していますでしょうか?また、モデレーターさんに仕事をお願いしている方も多数いらっしゃいます。皆様が、お仕事をお願いしたいモデレーターさんの資質は、上記と合致していますでしょうか?

異論、反論、追加したいこと等あるかと思いますが、とりあえず今回の記事が、モデレーターさんにとっては、スキルアップのための参考に、モデレーターさんに仕事をお願いする人にとっては、モデレーターさんを選ぶ際の参考になれば幸いです。