ホームビジット調査のススメ
-事件はグルインルームで起きてるんじゃない!生活現場で起きてるんだ!

“The Consumer is Boss!”

マーケティングやマーケティングリサーチに関わる方なら一度は聞いたことはある、このP&G社の企業理念は、同社の伝説的なカリスマCEO、A.G. Lafley氏が2000年に全米広告業界でのプレゼンテーション内で使ったのが始まりだそうです。

ではA.G. Lafley氏は、この”The Consumer is Boss!”をP&G社で具現化するためにどのようなことを行ったのでしょうか。

Lafley氏は、彼の出張のスケジュールを組む秘書に、「かならずホームビジットとストアビジットをスケジュールに組み込め、さもなければ私は出張には行かない」と伝えていたそうです。そして彼は年間に少なくとも20日間は、P&Gの従業員や彼自身の給料を払っている人々・・・消費者のキッチンやお風呂場で時間を過ごしたそうです。

普通、大企業の社長が一般家庭に訪問するなんて話はほとんど聞きません。しかしながら、かつて苦境に陥っていたP&G社を再生し歴史上最も賞賛されるべきCEOの一人と言われているLafley氏のこれほどまでに強いホームビジットへのコミットメントはどのような信念に基づくものなのでしょうか。

グル-プインタビューではなくホームビジット調査を実施すべき理由

ホームビジット調査は調査対象者の「自宅に訪問」して、部屋の中を観察したり、何かを使っている行動を観察したりインタビューをしたりして対象者のことを理解する定性調査だとお考えください。

なおこのような調査、会社様によってはエスノグラフィや行動観察調査と呼んでいたりで、この言葉をあまり使わない人がいるかもしれませんが、エスノグラフィと呼ぶと少し仰々しい感じもするので本記事ではホームビジット調査と呼ばせていただきます。

またホームビジット調査を日本語にすると(家庭)訪問調査になるのですが、それだと定量的な訪問調査を想像してしまうので、今回はホームビジット調査とさせていただきます。

さて、前置きが長くなりましたが、ホームビジット調査をする価値はどこになるのでしょうか。言うまでもなく、現在の定性調査手法はグループインタビューやデプスインタビューといった、会場で実施される手法が主流です。でも、どうして会場ではダメなのでしょうか。わざわざ手間暇かけて現場(対象者の家庭)に訪問して調査しなければいけないのでしょうか。

ホームビジットの価値はこれまでの記事にも何度書かせていただいておりますが、改めてHousecalls Incというニューヨークの調査会社の設立者Bill Abrams氏が書いた記事から抜粋させていただきます。

  • ホームビジット調査は現実に基づいた調査である。それは消費者が、記憶に基づいて語った言葉によるものではなく、あなたに、あなたの顧客(消費者)があなたの製品に現実社会の中でどのように関わりながら生活しているかを示すものである。
  • それは、消費者が言葉にできないニーズやウオンツを明らかにするものである
  • それはあなたも気づいていなかった、あなたの製品ベネフィットを発見できるものである
  • それはあなたも、あなたの会社の開発部門も気が付いていなかった製品の問題を明らかにするものである
  • それは、あなたの製品がいつ、どこで、どのように、なぜ購入されるのかを明らかにするものである。そして競合製品とどのように比較検討されているのかを明らかにするものである
  • それはあなたの製品が、その家庭の中で実際に誰が使っているのかを明らかにし、新たな製品のデモグラフィックターゲットを明らかにするものである。
  • それは、あなたの顧客(消費者)による製品カテゴリーの体験と想像力を通して、新製品に対するアイデアや既存製品の改善アイデアを得ることができるものである。
  • それは、新しいテスト製品を実際の生活環境でテストできるものである
  • それは消費者の実体験から生まれる広告コミュニケーションのアイデアを得ることができるものである
  • それは、消費者のライフスタイルを詳細に理解することによって、あなたの顧客との距離を縮め、よりよい関係を築くことができるものである
  • それは消費者の土壌で実施される調査であり緊張する会場では得られない自発的な反応が得られる調査である。また対象者が特別なステージに上げられて周りにいる見知らぬ人に評価されるといったプレッシャーを感じることもない調査である

ホームビジット調査から生まれた大ヒット商品:
花王キュキュットCLEAR泡スプレー

大ヒットしたキュキュトCLEAR泡スプレー
※YouTube上の動画より抜粋

世界のマーケティングとリサーチ業界をリードするP&G社は、世界中のほとんどの国の日用品業界でシェアNo.1を獲得しています。シェアNo.1が獲得できない数少ない国のひとつが我が国、日本です。そしてP&G社が日本でシェアNo.1を獲得できない理由は言うまでもなく花王様の存在です。

我が国のリサーチ業界にも大きな影響力を持っている花王様がP&G社と同様にホームビジット調査に力をいれていることをご存知の方は少なくないとは思いますが、花王様がどのようにホームビジットを活用しているのかを紹介している興味深い本がありましたのでここで紹介させていただきます。

最近発売された「㊙ヒット商品のプレゼン資料を大公開」という書籍は、シャープ・ヘルシオグリエ、グリコ・アイスの実、味の素冷凍食品・ザ★チャーハン、LINE・Clova等々の近年のヒット商品が開発された際のプレゼン資料が紹介している非常に興味深い本です。リサーチサプライヤーにとっては、我々が行ったリサーチがクライアントサイドでどのように活用されているのか(活用されていないのか(苦笑))を知ることができる貴重な内容となっています。

この本の中に、花王様の最近の大ヒット商品、「キュキュットCLEAR泡スプレー」の開発経緯とその際に作成されたプレゼン資料が公開されていましたので以下に抜粋を紹介させていただきます。多くのマスコミに「食器洗いに革命」を起こしたとまで評されるキュキュットCLEAR泡スプレーの開発にはホームビジット調査が重要な役割を果たしていたようです。  

「現在の洗剤であれば、ある程度はキレイになります。そういう意味で、ユーザーにアンケートを採っても『満足している』という回答しか得られません。洗剤については目利きである我々が新商品を生み出していくしかないのです」

キュキュットCLEAR泡スプレーの企画から販促までに関わった花王様ブランドマネジャーの小出氏はこのように語ります。そこで小出氏が率いるブランドチームは大まかには以下のような開発ステップをとったそうです。

1. ブレ-ンストーミングによるアイデアだし

2. ホームビジットで仮説を検証し製品の方向性を確定

3. 広告・PR等の設計

実際のプレゼン資料
※ヒット商品の㊙プレゼン資料を大公開より抜粋

実際のプレゼン資料
※ヒット商品の㊙プレゼン資料を大公開より抜粋

1. ブレ-ンストーミングによるアイデアだし

キュキュットCLEAR泡スプレーの開発は、まずは開発チーム内におけるアイデアだしのブレーンストーミングから始まったそうです。

「普通にアンケートを採るような市場調査だけでは、新しい商品は生まれない。そこでまず、利用者となってその気持ちを考えることを始めた」

ということで

「どんな人が、どんな気持ちで、どのような商品があればうれしいのか・・・。なんともわかりづらいのですが、こんな”妄想”ミーティングを進めていきます。常識にとらわれないので、最初は『忙しいから自分がもう一人いたら嬉しい』といった意見が出てきます」

このようにブレーンストーミングを通して様々なアイデアを出していったそうです。そんな中で「泡をシュッとかけて流すだけならどんなに便利だろう」という声が挙がったそうです。

我々リサーチサプライヤーがホームビジット(エスノグラフィ)調査をクライアントに提案する際には、この事前のブレーンストーミングをすっ飛ばして、いきなりホームビジットを行い、その後ブレーンストーミング(ワークショップ)を実施するというアプローチをとりがちですが、花王様の場合はまずはブレーンストーミングを行い仮説を持ったうえでホームビジットを行なったようです。確かにこの方がホームビジットですべきことが明確になり貴重なホームビジットの機会をより有効に使えるのかもしれませんね。

2. ホームビジットで仮説を検証し製品の方向性を確定

ブレーンストーミングで生まれた仮説をもとにホームビジットを実施し、実際に主婦たちがどのようなことに、どのように困っているかをあぶりだしていきました。ホームビジットは単に「困っていることがありますか?」と問いかけるだけでは得られない答えを見つけるための活動だと考えられているそうです。例えば

「便利だけど洗いにくい調理器などを出してくださいとお願いすると、テーブルの上に20個、30個とさまざまなものが並びました」

といったようにグルイン会場では決して得ることのできない情報が得られました。そこでは弁当箱の隅、ふたのパッキン、急須・湯呑、ポットの隅、圧力鍋の蓋等々、気を付けて洗っても汚れが残っていたり、カビが生えていたたりしたケースも見つかったそうです。そこでこのホームビジットから

  • 「洗いにくい調理器具」という時代が生んだ新しい主婦の悩みを見つけ出し
  • こすらずに洗える泡洗剤の必要性

を確信したそうです。

このホームビジットから浮き上がってきた、主婦のお悩みに対して、自社が長年研究開発を続けてきた技術を見つけ出し進化させてキュキュットCLEAR泡スプレーが生まれたそうです。

3. 広告・PR等の設計

ホームビジットは製品開発にのみ利用されていたのではありません。製品設計ができたあとの市場にローンチするための広告・PRの設計にも大いに利用されたそうです。

「一番喜びそうな人をトリガーにします。ホームビジットで見えてきたのは赤ちゃんがいる家庭です。哺乳瓶やマグストローは洗いにくいだけではなく、赤ちゃんが使うのだから清潔にしたいという意識が強いのです。他にも、いくつかのコアターゲットを設定して、ニーズ・シーンを組み合わせて、さらにシャープにあぶり出していきます」

最近のキュキュットCLEAR泡スプレーのCMは谷原章介さんが出ていますが、少し前、関根麻里さんが出ていたCMを覚えていますでしょうか。

関根麻里さんが

「マグは子供が口にするものなので、この時期は菌も気になりますよね。クリア泡スプレーなら汚れも菌もしっかり洗える感じでとっても嬉しいです」

と語るこのCMはまさにホームビジットから生まれたものなのでしょうね。

※ このCMは関根さんのインスタに残っていました。こちらからご覧ください。

はじめてのおつかい・・・じゃなくて、はじめてのホームビジット

ここまでお読みいただいて、これまでにホームビジットを経験したことのない方の中には、一度わたしもホームビジットをやってみようかなと思っていただけた方もいるかと思います。でも、実際、見知らぬ家庭に訪問するのはどんな感じなのだろう、不安だなーと思っている方も多いのではないでしょうか。実際、ホームビジットをするというのはどのような経験なのでしょうか。

米国であるクライアントサイドのリサーチャーがはじめてのホームビジット体験記を紹介してくれていました。はじめてホームビジットに行く人は、ホームビジットの前と後に何を思うのでしょうか。これからホームビジットを経験してみたいという方には参考になると思いますので、その心の動きを紹介させていただきます。

<エスノグラフィ(ホームビジット調査)を提案されて>  

「最初にリサーチ会社からホームビジットエスノを提案されたとき、新しい手法を体験できると思ってワクワクしたわ。私が担当している製品がどのような環境の自宅でどのように利用されているのかを見ることは私たちのチームにリッチで深いインサイトを与えるということを疑いもしなかったわ。」      

<でも実施前に様々な不安が生まれる>  

「誰か知らない人の家に入るのは気まずくないかな・・・、対象者は我々の質問にちゃんと答えてくれるかな・・・、私は何を学べるのだろう・・・、ちゃんと対象者と会話はできるかな・・・、すべてのフローをカバーできるだろうか・・・、私はどこに立っていればよいのだろう・・・、どこかに座っていたほうがよいの・・・、対象者が自社製品を使うのをバイアスなしに見ることができるだろうか・・・、私は訪問した家庭の室内装飾を気に入って自分の家に取り入れりするのだろうか・・・」      

<ホームビジットを実際に経験して>  

「私は当初マーケティングリサーチャーを家の中に入れて観察するのを許すのはどんな人なのだろう?って考えていたの。でも実際体験して驚いたの。まったく普通の人だったわ」  

「対象者が私たちを自宅に招き入れてくれて、私はすぐに周りに環境に馴染んだわ。そして彼女(対象者)の立場になりきることができたの。それは、付き合っていた彼氏の家をはじめて訪問して、壁に掛かった絵や、インテイリアの趣味や部屋の整理整頓状況を見て、彼のことをより深く理解したような感覚ね」  

「対象者が話す様々なことに魅了されたわ。自社製品ユーザーのことをこれほど親密に感じたことはこれまでなかったわ」  

「対象者とその家族が私たちの製品を使っているところを観察しながら、どこが気に入っているかどこに不満があるのかを聞くのは本当にエキサイティングだったわ。すべてのフィードバックが貴重なの。対象者が実際に使用しながら発する言葉は私の心に響いてリアルで具体的なの。そしてさらに重要なことは、それがアクショナブルだったということね。」  

「結論としては、それは結婚式を挙げたみたいなものだった思うの。私のホームビジット初体験は驚きの連続であったと共に、実にスムーズに進行したわ。でも、その裏には、リサーチ会社の混乱や綿密な計画作成といった苦労があったのでしょうね。私たちは、それを決して目にすることはなかったけどね」

事件はグルインルームで起きてるんじゃない!生活現場で起きてるんだ!

本メルマガではこれまで何度もホームビジット(エスノグラフィ)の価値について記してきましたが、今回も改めて記載させていただいたのは、ホームビジットが日々進化しているからです。

残念ながら、ホームビジットは、「時間と手間がかかる(それに伴い費用が莫大にかかる)」、「現場に行く人数には制限がある」、「ホームビジットに参加していない人/現場を見ていない人(例:プレゼン対象のマネジメント層)と結果を共有し納得させることが難しい」というのが大きな理由で現状あまり利用されていません。

しかしながら、ホームビジット調査を取り巻く環境は大きく変化しつつあります。最近、弊社ではホームビジットのライブストリーミングサービスを始めましたが、このサービスをご利用いただくと、現場に行く人数が制限されるという問題が解決されます。またビデオ連動発言録を利用いただくと、現場にいけなかった人と結果を共有するのも簡単になります。オンラインエスノをご利用いただくと、時間と手間の問題も大きく改善されます。新しい技術の進歩はホームビジットをより実施しやすい環境をもたらしています。今一度、ホームビジットの価値を見直していただきたいと思い今回の記事を書かせていただきました。

花王、小出氏が語っていた

「現在の洗剤であれば、ある程度はキレイになります。そういう意味で、ユーザーにアンケートを採っても『満足している』という回答しか得られません。洗剤については目利きである我々が新商品を生み出していくしかないのです」

これは洗剤に限った話ではないかと思います。ネットリサーチ等で満足度調査を行うと、どのような製品・サービスカテゴリーでもほとんどこのような感じではないでしょうか。

そんな現状で、今後リサーチ業界がマーケティング業界に対してしなければいけないのは、定量調査では決して生まれない新商品を生むことができる手法をクライアントに提供することだと思います。この点に関してホームビジットを進化させることがその一つの解決策になるのではないでしょうか。現在JMRAの統計(2018年 第43回経営業務実態調査)ではエスノグラフィの定性調査における売上割合は僅か1.2%しかありません。これがもっと増えるようにすることがマーケティング界の発展にもつながるのではないかと思います。

最初に紹介したようにLafley氏はP&G社のCEOに就任後、自らホームビジットを積極的に行いました。それと共にP&G社内にも“The Consumer is Boss!”の理念を根付かせるためにホームビジットを積極的に推進したそうです。その一環として従来のグループインタビューの予算を大きく削減し代わりに、「生活してみる(Living It)」と「働いてみる(Working It)」というプログラムを始めたそうです。プログラムの中身は文字通りで、「(Living It)生活してみる」では、P&Gの社員が消費者と一定期間一緒に暮らし、消費者がP&Gや競合の製品をどのように使うのか、消費者のライフスタイルはどんなものなのかを観察する調査とのことです。

Lafley氏はもちろん「踊る大捜査線」を見ていないとは思いますが、もし見ていたとしたらたらこう言ったことでしょう。

「事件はグルインルームで起きてるんじゃない!生活現場で起きてるんだ!」