スマートフォンは
ネットリサーチに苦難をもたらし
定性リサーチに夢と希望をもたらす

突然ですが、皆さんは自分のお子様がテレビを見ながら勉強をしていたらどうしますか?また、自分が学生の頃、テレビを見ながら勉強をしていましたか?私自身はテレビを見ながらの「ながら勉強」は苦手で、自分の子供がテレビを見ながら勉強をしていたら

「テレビを見ながら勉強していたら集中できずに頭に入らないからやめなさい!」

と怒るタイプです。最近では、このようなことを許す家庭も増えているとは聞きますが、私同様「ながら勉強」をNGにさせているご家庭も多いのではないでしょうか。

今回は、リサーチと全く関係のないような話から始めさせていただきましたが、これは最近のスマートフォンの普及に伴うリサーチ業界の現状と大きく関係してくる話だと思っています。皆さんは、最近のスマートフォンのリサーチへの影響をどのように感じていますでしょうか。また、今後どのように影響して行くと予想していますか。私は、

「スマートフォンは定量リサーチに苦難をもたらし、定性リサーチに夢と希望をもたらす」

と考えています。その理由は・・・

ネット定量リサーチにおいてスマートフォン回答者が増えている現状について

昨今、ネットリサーチにおいてスマートフォン回答者が増えていることの影響や対策について語られている記事をよく目にしますので、私も議論に参加させていただきたいと思います。

日本マーケティングリサーチ協会(JMRA)は、ネットリサーチにおいてスマホ回答者が増えている状況に対応するため、インターネット調査品質委員会を立ち上げ、インターネット調査の品質の研究や啓蒙活動を行っているようです。この委員会が昨年11月に発表したインターネット調査品質ガイドラインによると2016年の時点でネットリサーチの回答は全体の34.6%がスマートフォンからだそうで、特に若年層はスマートフォンからの回答が大きな比重を占めているそうです(10代=74.6%、20代=61.7%、30代=48.9%)。2016年でこの数字なので、現在は更にスマートフォンからの回答の比重が進んでいることでしょう。

また有力なネットリサーチ会社さんは、このような状況を踏まえて、スマートフォンからの回答に適した回答画面システムを開発する等の様々な対応を行っているのは、皆さまよくご存じの通りかと思います。

私としても今後のリサーチを守るために、協会様にも各リサーチ会社様にも、これからも様々な研究や対応を続けていただきたいと思っております。そこで、定性調査を実施する者の視点から見て、今後の取り組みにぜひ加えていただきたいと思っていることを書かせていただきます。実は弊社では普段生活者がスマートフォンをどのように使用しているかという行動観察調査を何度か実施させていただいており、以下は、その知見から感じたことです。

一つ目は「ながら回答者」への対策です。

皆さま、ご自身のことを考えていただきたいのですが、普段自宅でスマホを利用するのはどのような状態でしょうか。「テレビを見ながら」、「音楽を聴きながら」、「食事をしながら」、「家事をしながら」、「妻や旦那と会話しながら」といったように、ほとんどが、別の何かをしながら同時にスマートフォンを利用しているということがほとんどかと思います。そしてスマートフォンの利用がそうであるのなら必然的にネットリサーチもこのような状況で回答されているのが多いと考えるのが自然です。

それは、どのような状況なのでしょうか。

例えば、ワールドカップの日本戦を見ていたお父さんモニター。ハーフタイムになってふとスマホを見ると

「お、アンケートが来ている。ポイント稼ぐために答えとこう・・・」

とつぶやき答えだしました。しかし質問数がかなり多く、回答しているうちに後半が始まってしまいました。それでも、しばらくは日本を応援しつつ、上の空でアンケートに答えていたのですが、結局テレビに100%興味がいってしまい、アンケートの回答は試合終了後まで後回しになってしまいました。試合が終わって再度スマホに目が行き

「これ何のアンケートだったっけ・・・とりあえず終わらせておこう。日本が負けたので気分が悪いからこの商品は買わない。」、ポチッ、ポチッ、ポチッ

みたいな状況が目に浮かびます。

これは単なる私の空想でしょうか?私も実際ネットリサーチの回答者がどのように回答しているのかを実際に生で見たことがないので断言はできませんが、これに近い様子は少なくないように思います。

また、他に何もしていなくてアンケートに集中して回答している人であっても、回答途中に彼女からのたわいもないLINEのメッセージが届き、やりとりしているうちに回答を再開したのは1時間後、そんな姿も思い浮かびます。

私はスマホ回答者の一番の問題点は、このような「ながら回答」が増えていくであろうことだと考えています。実際にながら回答がどのようにデータに影響を及ぼすのかは知りません。もしかしたら、従来のデータとあまり変わりはないのかもしれません。それでも、もし私がリサーチユーザーの立場であったら、「ながら回答」で集まったデータに会社の重要な意思決定を託すのは抵抗を感じてしまいます。これは私が「ながら勉強NG」タイプの人間だからでしょうか。現在ネットリサーチを利用されているクライアントさんはどのように考えておられるのでしょうか、聞いてみたいところです。

二つ目は情報セキュリティへの対策です。

上述のインターネット調査品質ガイドライン内にはスマートフォン回答者の38%は電車やバスの中でアンケートに回答しているというデータも紹介されています。

今、この記事をお読みいただいている皆さまの中には、毎朝のぎゅうぎゅうに混んだ通勤電車に揺られながら会社に向かっている方も多いことかと思います。皆さんは通勤電車の中で何をしていますか。自分も、周りに立っている人も、皆一生懸命スマートフォンを眺めていることかと思います。そこで、明日の朝は、少し自分のスマートフォンから目を逸らしてみてください。隣にいる人にスマートフォンの画面が見るつもりがなくても見えてしまうのではないでしょうか。その際、隣の人が一生懸命アンケートに答えていたら・・・。クライアントさんはネットリサーチ内で呈示している新しいコンセプトが、このような状況にさらされていることをご存じなのでしょうか。

私は、今後スマホ回答者が増えることを考えると、この2点の対策が必要だと思うのですが、皆さまはどう思いますか。この2点について、私の知る限り、業界内であまり議論がなされている様子は見かけませんが、実際はどうなのでしょうか。私が知らないだけかもしれませんが。

このように今まで破竹の勢いで伸びてきたネットリサーチも、スマートフォンが今後、更に普及していくにつれ、解決すべき困難な課題がますます増えていくような気がします。もちろん、スマートフォンがネットリサーチにもたらすメリットも多々あることは否定できませんが、それ以上にスマートフォンはネットリサーチに苦難をもたらすツールといえるのかもしれません。

スマートフォン調査に新しい可能性を与える技術 - ジオフェンシング

スマートフォンはネットリサーチに苦難をもたらす一方で、これまでに実現できなかった様々なリサーチが実現可能とするツールでもあります。

過去にも本メルマガでは過去にもモバイルエスノグラフィや動画収集等、スマートフォンを使った新しい手法について紹介させていただきました。今回はスマートフォンが可能にする新しいリサーチの一例として、これまで詳しく紹介していなかったジオフェンシングについて紹介させていただきます。

ジオフェンシングとはどのような技術なのでしょうか。ご存じの方も多いかと思いますが簡単に説明させていただきます。

ジオフェンシングとは、その名の通り、特定エリアに仮想的な「フェンス(柵)」を作る仕組みのことです。これをスマートフォンの位置情報(GPS)情報と組み合わせると、スマートフォンを持っている特定の人が、フェンス内に入ってきた、出て行ったといったことがわかる技術です。

少し前に流行ったポケモンGoもこの技術を利用しています。マーケティング業界においても、例えばある小売店が店舗周辺のエリアをジオフェンスとして設定し、顧客等がそこに入ってきた時にクーポンなどをメールで送信するといった活用が可能なので大きな注目を集めている技術です。

スマートフォンを所有している人の所在地がわかるということはマーケティングリサーチ的にも様々な活用方法が考えられます。先日、このジオフェンシングのリサーチへの活用に関して、米国ProdegeMR社のThe Power of Mobile Insights というウェビナーがあり、様々な活用事例が紹介されていました。

ウェビナー内でProdegeMR社はジオフェンシングを使ったリサーチの特長として

  1. ターゲットとなるリサーチモニターが、特定の場所(例:リサーチ対象の小売店)にどのくらいの頻度で訪問し、どのくらいの時間滞在しているのかを知ることができる。このような情報を得るためにわざわざモニターに質問する必要がない。
  2. モニターが確実に、その場所にいたことを証明できるので、従来のリサーチで問題となる虚偽回答者(実際にその小売店に訪問していないのに、訪問したと回答するモニター)を排除することができる
  3. そのモニターが、まさに、その場所にいる時に、記憶ではない、In the momentでのフィードバックを得ることができる。


という3つのメリットを述べています。

そして同社がジオフェンシングをリサーチに活用した事例として以下のようなケースを挙げていました。

ケース1:ショッパー満足度調査

<調査概要と目的>

某コンサルティングファームが、クライアントであるデパートチェーンの今後の戦略立案をするために、当チェーン利用者の買い物満足度を測定したいと考えていた。

<調査方法と結果>

ProdegeMRの社モバイルパネリストが、某デパートのジオフェンスエリアに入った時にプッシュ通知で短いサーベイを送信し回答を得ることにより、In the moment insightを理解した。

ケース2:競合店舗満足度調査

<調査概要と目的>

クライアントは自社チェーンの利用者満足度調査はできても競合チェーン利用者の買い物満足度調査を実施することは難しい。

<調査方法と結果>

ケース1と同様にProdegeMR社モバイルパネリストが、競合チェーンのジオフェンスエリアに入った時にサーベイを実施した。

ケース3:ゴーストショッパー調査

<調査概要と目的>

小売店の大きな関心時は、店舗に訪問した客が何も購入しないで帰ってしまう理由を理解することである。せっかく来店してもらったのに、なぜ何も購入しないのか、このゴーストショッパーを購入者に変えるためには何をすべきなのかを調査で明らかにしたい。

<調査方法と結果>

ジオフェンステクノロジーによって、調査店舗訪問経験者を抽出し、電話インタビュー等によって、購入しない理由を明らかにした。

ケース4:街頭広告に関する調査

<調査概要と目的>

広告代理店や広告主が特定エリア(例:米国の場合NYのタイムズスクエア、日本の場合渋谷のスクランブル交差点等)に掲載している街頭広告の認知度や内容理解度、広告に対する態度を測定したい。

<調査方法と結果>

ジオフェンステクノロジーによって、当該エリアに訪問したモバイルパネリストに対してサーベイやインタビューを実施。必要なデータ収集に成功した。

ケース5:モバイルエスノグラフィ調査

<調査目的>

あるレストランチェーンの利用者に対して、満足度よかった点、改善要望点などの定性情報を得たい

<調査方法と結果>

モバイルパネリストが、該当チェーンを訪問した際に、提示され質問に対して自撮りビデオによる回答動画を撮影してもらい、その動画を回収。数値データでは得られない、該当チェーンに関するリッチな定性的な評価を得ることができた。

このように、スマートフォンとジオフェンスの技術を使うと従来に調査では実現するのが難しかったリサーチが実現できるようになります。

さて、このような素晴らしい技術なのですが、次のような疑問を持つ人もいるのではないでしょうか?

「日本のリサーチモニターは位置情報を提供してくれるのだろうか?日本の調査はモニターの位置情報を取得できるのだろうか?」

この答えは、半分Yesです。インテージさんでは、最近「うごキット」、「ココリサ」というジオフェンシングを利用したサービスの提供を始められているそうです。

ただ、これはDoCoMoさんと提携しているインテージさんだからこそできるサービスなのかもしれません。今後我が国で同様なサービスを提供できるリサーチ会社は限られるのかもしれませんね。

なお、ProdegeMR社は、このジオフェンシングについての現時点での限界も述べていました。

ひとつはジオフェンシングの精度です。例えば、同じジオフェンス内にスターバックスとウォルマートが並んで立っていたとします。その場合、あるモニターがスターバックスに入ったのか、ウォルマートに入ったのか区別はできないそうです。なので、その対象者にリサーチを行う際には更にスクリーニングをする必要があるそうです。これは店舗が密集している日本では特に難しい問題ですね。今後の精度が上がることを期待しましょう。

もうひとつは、出現率が低い場合のリサーチ対象者確保の問題です。ProdegeMR社もかなり大規模な位置情報提供可能なモニターパネルを構築しているようですが、対象者条件や対象となるジオフェンスの場所や数によっては、リサーチに参加してもらえるモニターを確保できないことが多々あるようです。

確かに、現在、ある特定の場所にいる人に100名からネットリサーチの回答を得るみたいなことは、対象となるジオフェンスがかなり広く、また対象者条件もかなり緩くないと難しいように思います。ということで、せっかくのジオフェンシングの技術も現時点では定量調査に利用可能なシーンはかなり限られるのではないでしょうか。

そこで、定性調査の出番です。当面ジオフェンシングの技術を活用するためには定性調査に頼るべきではないでしょうか。ジオフェンシングとインタビュー調査の組み合わせです。

スマートフォンがインタビュー調査を進化させる

定性調査の原点であり基本であるインタビューによる調査は、従来は専用会場に対象者に来てもらいインタビューをするという形式がほとんどでした。しかしながら、弊社が実施しているオンラインインタビューを使うことにより、パソコンを使って自宅にいる対象者にインタビューをするという選択肢が生まれました。そしてスマートフォンが普及し、その機能が上がることにより、現在は、対象者が海にいようと山にいようと、ショッピングセンターであろうと、レストランであろうと、どこにいようと、対象者の顔を見ながら、資料を呈示しながらインタビューができる環境が整ってきました。

弊社の現状の話になりますが、現在、オンラインインタビューの50%以上はスマートフォンからの参加です。以前はパソコンからの参加を前提としていたおり、パソコンからの参加が100%だったのですが、2年ほど前からスマートフォンからの参加もOKということで参加者募集を始めたところ、最近はスマートフォンから参加する人が急激に増えております。若い人を対象とした案件においては、すべてが参加者のすべてがスマートフォンから参加するということも珍しくはありません。

また現在は自宅でインタビューにご参加いただくことを前提とした案件がほとんどですが、今後はスマートフォンのどこでもインタビューができるという特性を利用した、「記憶ではない、まさにその場でのインタビュー」、In the moment insightを得るための活用にご利用が増えるのではないかと考えております。

さて、そこで、先ほどのジオフェンシングの話と繋がるのですが、ジオフェンシングとスマホインタビューを組み合わせると、上記、ウェビナーで紹介したケースのような目的の調査において、定量的なアンケートは難しかったとしても定性インタビュー調査が実現可能となります。

最後は、インテージさんへの営業みたいな話になってしまいましたが(笑)、「ジオフェンシングxスマホインタビュー」はスマートフォンが可能にする新しい定性リサーチの一例です。これ以外にも、今後スマートフォンの特性を活用した様々な定性リサーチ手法が生まれてくることでしょう。そう、スマートフォンは定性リサーチに夢と希望をもたらすツールなのです。

スマートフォンは定量リサーチに苦難をもたらし、
定性リサーチに夢と希望をもたらす

定量調査に話は戻りますが、インターネット調査品質委員会のHPには「インターネット調査の存続が危ぶまれています」と書かれており協会としても相当の危機感を抱いているようです。一方でJMRAが最近発表した2017年度経営実務調査によると、ネットリサーチの市場規模は昨年対比104.1%と順調に伸びており、数字だけ見ると危機が訪れているようには見えません。ネットリサーチの存亡の危機は杞憂に終わるのか、それともこれからジワジワと危機がやってくるのか、どちらなのでしょうか。

なおインターネット調査品質ガイドラインではスマートフォンからのネットリサーチ回答に関して

  • 外出先でのスキマ時間を使って回答しているケース、メッセージの着信やアプリの中断で回答を遮られることもありえる環境で回答をしている。
  • そういう人たちが今後の調査協力者として大きく占めるようになっていくことを理解して、調査を設計すべきである。インターネット調査もインターネット環境の変化への理解とその対応が必要である。
  • これからのインターネット調査は、スマートフォンで回答する人が含まれることを前提に、調査票を設計すべきである。

という指摘がされており、「ながら回答」に関する注目も始まってはいるようです。

しかしながら、「これからのインターネット調査は、スマートフォンで回答する人が含まれることを前提に、調査票を設計すべきである」というのは何をすべきなのか、その具体的な解決策は書かれていません。現時点では「ながら回答」に有効な解決策が見いだせていないというのが実情のように思われますがどうなのでしょうか。

スマートフォン回答者への対策として、回答所要時間を考慮したり、またマトリクス設問を多用しない、スマホで回答しやすい画面を準備するといったことも重要だと思います。ただ、個人的には「ながら回答」の問題が、今後最も重要な取り組むべき課題であり、この解決策がみつかるかどうかが今後のネットリサーチの存亡にかかわるような気がしていますが、皆さんどう思われますか。

今回は、スマートフォンが今後リサーチにどのような影響を与えるのかについて考えてみました。繰り返しになりますが、私は「スマホは定量リサーチに苦難をもたらし、定性リサーチに夢と希望をもたらす」と考えています。スマートフォンは今後、ネット(定量)リサーチのクオリティに影響をもたらし、解決すべき難題を多々もたらす一方で、定性調査においては、今までできなかった新たなデータ収集が可能になり、そこから新たなインサイトを得ることができる希望のツールになるのではないでしょうか。