テクノロジーがショッパー定性リサーチを進化させる

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皆さまは、スーパーマーケットにおける非計画購買率が70~80%になるということを聞いたことがあるかと思います。この数字がどこまで正しいのかはわかりませんし、カテゴリーによって多少違いはあるかとは思いますが、スーパーマーケットでの買い物の大部分は、その場でブランド選択や購買決定がなされているのは間違いなさそうです。

この記事をお読みの皆さまは、スーパーマーケットで売られている商品のリサーチを担当されている方が多いのではないかと思います。ならば、この店頭で行われる購買行動や購買心理を理解することは、担当している商品の売り上げを上げるためにとても重要なことではないでしょうか。しかしながら、これまでに店頭での買い物客の心理に関するリサーチ、いわゆる「ショッパーリサーチ」を実施したことがありますでしょうか?

JMRAが毎年行っている経営業務実務調査の最新版によると調査目的別実施率において「流通段階」は36%(回答99社中、36社)のみという結果になっています。とても重要な買い物客(ショッパー)の心理を理解するためのリサーチはもっとなされて然るべきように思いますが、現状あまり実施されていないというのが実情のようです。ただ、これは、実施したくても出来ないというのが正しいのかもしれません。

しかしながら時代は変わりつつあります。近年、様々な新しいテクノロジーがリサーチに活用できるようになってきています。そして、新しいテクノロジーはこれまで、リサーチャーが実施したくても出来なかったことを可能にしてくれています。今回は、新しいテクノロジーが定性的なショッパーリサーチをどのように進化させてくれるのかを考えていきたいと思います。

ショッパー定性リサーチはなぜ実施されない?

そもそも、定量、定性かかわらず、先に書いたようにショッパーリサーチはあまり実施されていないようです。
またショッパーリサーチを実施している企業においてもそのほとんどが定量調査であったり定量データ分析(POSデータやポイントカード<ID付きPOS>分析)であったりで、ショッパーに関する定性的な調査はほとんど実施されていないのではないでしょうか。

ショッパーリサーチにおいて定性手法がこれまで使われてこなかった理由に関して米国のConsumer Marketing and Shopper Marketing ConsultantであるMike Anthony氏は以下の4つの理由を挙げています。

  1. ショップアロングは費用と時間がかかる

    ショッパーを理解するために会場グル-プインタビューを実施することのバカらしさを考えると、実際の買い物にインタビュアー/分析者が同行するショップアロング(アカンパニードショッピング)は理にかなった手法であると思われる。しかしながらショップアロングは実施するのに非常に時間がかかる。それに伴い費用も高くなりがちである。また、クライアントがショップアロングの実査(買い物行動観察やインタビュー)をモニタリングすることは基本的に難しく、リサーチャーとユーザーがプロジェクトを共有しにくいのが難点である。
     
  2. 様々な手法の組み合わせが有効だが、その分費用が高くなり定性手法はカットされる。

    クライアントからショッパーリサーチのブリーフがあった場合、リサーチサプライヤーはショッパーの意識や行動を多面的にとらえようと、様々な手法の組みあわせた提案を行いがちである。デプスインタビュー、ショップアロング、店内観察、出口アンケート等々・・・結局、その提案はクライアントの予算と希望納期を遥かに超えてしまう。そこで予算内、納期内に収めるために、まず定性手法がカットされ、店内観察と出口アンケートの定量手法だけが採用されるといったことが多々起こっている。
     
  3. 小売店の人々は数字が好き

    消費者理解においては、定性調査からグレートなインサイトが発見されればマーケティングチームは大喜びでその調査の価値を認める。一方、ショッパーの理解においては、小売店の人々が、その調査結果に納得し、次のアクションについて説得されなければならない。しかしながら小売店の人々はデータの世界に生きている人種である。日々、売り上げデータはもちろん、ポイントカードのデータやPOSデータと格闘している。彼らは定性データにあまりなじみがなくインサイトの価値がわからない。定量的な数値データによってのみ説得される人種なのである。



皆さまはどう思いますか。私は結構ポイントをついている指摘だと思います。しかしながら、ショッパーを理解するための定性調査、定性データは必要ないもののでしょうか。そんなことはないと思います。このメルマガをお読みの方には釈迦に説法で恐縮ですが、いくらPOSデータを分析してもそれは事実の確認でしかありません。今後の戦略、つまりどのようなアクションするのかを決まるためにはPOSデータの数値の裏に隠されているWHYを理解することは非常に重要ではないでしょうか。

ただ、それはわかっていても、今まで有効なリサーチ手法がなかったというのが定性的なショッパーリサーチがあまり実施されてこなかった理由だと言えましょう。しかしながら新しいテクノロジーが、このような状況を変えつつあります。次にテクノロジーを活用した、新しいショッパー定性リサーチ手法紹介させていただきます。

出口インタビューのライブストリーミング

インタビューは定性調査における最も有効かつ人気のある手法ですが、Anthony氏が指摘するように、会場で実施するグループインタビューやデプスインタビューは実際の買い物行動から場所と時間が分断されるインタビューになってしまうためショッパーを理解するのには有効な手段ではありません。しかしながら、たった今自分が行った購買行動に対しての記憶がビビッドなうちに実施されるインタビュー、いわゆる出口インタビューはショッパーを理解するための有効な手段ではないでしょうか。

この出口インタビューには様々なバリエーションがあります。調査実施店舗で、調査したい製品カテゴリーの売り場に立ち寄った人をインターセプトしてインタビューを実施する方法もありますし、プレリクルートした対象者に調査実施店舗に来てもらい自由にショッピングをしてもらい、その後インタビューする方法もあります。

一方、これまで出口インタビュー実施の障害になっていたのはプロジェクト関係者(リサーチャー、クライアント)がインタビューを見ることができないということです。言うまでもなく、インタビュー調査は、インタビューの様子をリアルタイムで見ながら関係者が理解を共有し、次のアクションをディスカッションすることに価値があります。あとで発言録や報告書を読むだけでは調査の価値が半減してしまいます。

しかながら、調査を実施する店舗近辺にワンウェイミラーのあるインタビュー専用ルームを見つけることはほとんど期待できません。またインタビューができる場所を確保することでさえ非常に困難です。調査する店舗に許諾を取ったリサーチプロジェクトであれば、店舗内のどこかの限られたスペースを借りてインタビューを実施できるかもしれませんが、そうでないプロジェクトでは、店舗内や近辺の喫茶店等に場所を確保してインタビューを行うといったことが必要となります。このような場合、ごく少数の人間しかインタビューの様子をモニタリングすることが出来ません。すべての関係者の間でインタビューを共有しながらディスカッションするといったことはほぼ不可能です。

最近はこの問題をテクノロジーで解決できるようになりました。例えば喫茶店のテーブルで行っているインタビューの様子をパソコンやスマートフォンを使ってクライアントオフィスにストリーミング中継することが可能な時代になりました。リサーチ関係者は、オフィスの会議室に集まって皆で出口インタビューの様子を見ることが出来ます。もちろん、専用システムを利用すれば、インタビュアーにチャットで追加質問を送ったり、指示を出したりすることも出来ます。リサーチ関係者が全員でショッパー出口インタビューを共有することが可能な時代が来ているのです。

これまで、関係者のモニタリングの制約で価値が半減していたショッパー出口インタビューは、今、テクノロジーによって、利用しやすく価値のあるものに進化しています。

ショップアロング ライブストリーミング

これは上述の出口インタビューライブストリーミングの進化版です。ショップアロングはショッパー定性リサーチにおける代表的な手法で非常に有効な手法だと言えかと思います。ただ、出口インタビューと同様にインタビューの様子を関係者が見ることができないのは非常に大きな弱点です。ショッパーが、売り場のどこに魅かれて、どのような購買行動をとったのかといったことは、後で報告書を見せられても関係者は中々理解できないですし、そこからの提案に説得されないのではないでしょうか。

しかしながら、ショップアロングの様子を関係者がリアルタイムで見ることができたとしたらどうでしょう。対象者が、店内をどのように徘徊し、どのようなPOPを読み、どのような商品を手に取り、買い物かごに入れたか、入れなかったのか、またその時の気持ちを聞くインタビューを共有することができれば、その調査の価値は格段にあがるのではないでしょうか。

幸いなことに、近年モバイルでのインターネット利用が格段に進化しており、店内を歩き回りながらも、常時高速インターネットへの接続が可能な時代になっています。これは、店内のどこからでもストリーミング中継が可能であることを意味します。対象者とインタビュアーが、店内を動き回りながら、お買い物をする様子を、ビデオグラファーが、後ろからビデオカメラで撮影しつつ、その映像とインタビュー音声をライブストリーミング中継し、関係者がオフィスの会議室でモニタリングすることが可能な時代になっています。

なお、ここまでの内容はC+R Research社のSr. Research Director Shaili Bhatt氏の


Building Empathy through Live Video Streaming
http://www.emflipbooks.com/flipbooks/QRCA/Summer_2016/
(P44~)

という記事と弊社のLivestreaming.comを使った事例を参考に書かせていただきました。

バーチャルリアリティをショッパーリサーチに活用する

ここまでストリーミングの技術を使ってショッパー定性リサーチを進化させる方法を紹介してきました。今回は詳しく紹介しませんが、これ以外にもショッパー定性リサーチを進化させる新しいテクノロジーとしてアイトラッキングやスマートフォンを利用したモバイルエスノ等があることをご存知だと思います。これらの手法も今後ショッパーを理解するために有効な手法として進化していくものと思われます。

しかしながら、ここまで触れてきませんでしたが、我が国においてショッパー定性リサーチを実施する際に大きなネックとなっていることがあります。皆さんお気づきかと思いますが、その多くの手法は、お店の許可がないと実施できないということです。我が国では、店の許可なく、店内でビデオカメラ撮影をしたり写真撮影をしたりしたら、怒られてしまいます。店内でメモを取ることさえNGの場合もあります。(かなり前になりますが、私は某GMSで売り場のレイアウトをメモに取っていたら、「何を勝手に書いているんですか」と怒られてしまった経験があります)。なので、許可がない状態においては、実施可能なリサーチ手法はごく限られたものとなります。では、許可を取ればよいのではないかと思う人もいるかと思いますが、これが大変厄介で、実施にたどり着くには様々なことをクリアする必要があり実現にいたらないのが実情ではないでしょうか。

もちろん、リサーチの依頼者が流通さんであれば、許可を得るのは比較的容易なのでしょうが、実施者がメーカーさんの場合は、かなりハードルが高くなるようです。冒頭のAnthony氏は、ショッパー定性リサーチが少ない理由として、この点は指摘していませんでしたので、これは我が国、固有の問題のようですね。

さて、前置きが長くなりましたがこうした我が国の状況を打破するのに有効なテクノロジーは、今話題のバーチャルリアリティでないでしょうか。実際の店舗が利用できないのであれば仮想店舗を作り、そこで買い物をしてもらい、ショッパーの行動や心理を理解すればよいのではないかと考えられます。今は、まだまだですが、今後バーチャルリアリティのテクノロジーはショッパー定性リサーチに大きな進化をもたらす可能性があるのではないでしょうか。

なお、バーチャルリアリティの活用といっても二つのレベルで理解する必要があります。最初のレベルは、パソコンの画面上に模擬店舗を表示し、それを見てもらい調査を行うといった手法です(これは、定性インタビューのみならず、定量的な検証にも利用可能です)。これまでも棚割りをCGで描きパソコン上で見られるようにし、ネットリサーチやインタビューで評価を得るようなサービスが存在していましたが、近年、そのクオリティは格段に向上しているようです。

以下にバーチャルリアリティを活用したリサーチの最先端を行く米国InContext社のデモ映像を紹介させていただきます。ご覧いただくとCG画像のクオリティの高さに驚かれるのではないでしょうか。


https://vimeo.com/93159932


次のレベルは、immersion(没入感)が得られるバーチャルリアリティです。最近、よく目にするヘッドセットみたいな装置(HMD―ヘッドマウントディスプレイ)を装着して体験するバーチャルリアリティです。上記、PC上で見る店内の様子は、どれだけ精巧に描かれたものであっても、対象者は実際の買い物売り場にいる感覚は得られないかと思います。しかしながら、immersionを感じるリサーチであれば、対象者は売り場にいなくとも、売り場にいる感覚を得ることができます。この分野にもInContext社は参入していて、シカゴにHIVE(Hi-Immersion Virtual Experience)というImmersion virtual realtyを体験できるラボを設立していたそうです。未だ、実験段階だとは思いますが、immersionバーチャルリアリティがショッパー定性リサーチに活用出来る日もそう遠くはなさそうです。

InContext社のショッパーリサーチにおけるVRの活用はこちらでも紹介されています。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/061700004/102800156/?P=1&ST=editor&rt=nocnt



以上、今回はショッパー定性リサーチを進化させる新しいテクノロジーについて紹介させていただきましたが、最後に付け加えさせていただきます。

ショッパーマーケティングはこれまで小売店の店頭におけるマーケティング活動が主でした。極論をいえば、棚割りを考え、インストアプロモーションを考えればそれで済んでいたのではないでしょうか。なので、ショッパーリサーチは、これらのマーケティング活動をサポートする情報を提供出来ればそれだけで済んでいたのではないかと思います。

しかしながら、今ショッパーの購買行動は従来とは大きく変化しつつあります。先日、某カテゴリーに関して若い女性のインタビューを実施したのですが、ほとんどの対象者が店頭で新製品を見かけたら、「その場でスマホで評判をチェックして買うかどうか決める」と発言して驚きました。ニールセン社の63か国/30000人を対象にした調査によると買い物の際に53%がモバイルデバイス(スマートフォン)を利用して価格を比較し、52%が商品情報を確認し、44%はスマートフォン上のクーポンを利用するという結果であったそうです。カテゴリーによって多少の違いはあるのでしょうが、ショッパーの行動において、スマートフォンの影響力は拡大する一方です。

さらには、流通チャネルも複雑化しつつあります。今や買い物場所は今やスーパーマーケットやコンビニといったリアル店舗だけでではありません。FMCG商品においても、ネットショッピングの比重は年々高まっておりショッパーが、店頭での購入とネットでの購入の使い分けをどのようにしているのかといったことや、ネット購入に際しての情報収集や購買がどのようになされるかといったことを理解するニーズも急激に高まっています。

このような複雑になりつつあるショッパーの行動や心理の理解をサポートすることが、今リサーチ業界に求められているのではないでしょうか。そして益々複雑になるショッパーを理解するために、リサーチャーは従来のように調査票を作って集計してチャートを作るだけで、また会場でグルインやデプスをやっているだけでは対応できなくなってきていることは間違いありません。これからのショッパーリサーチにおいては、様々な新しい手法を駆使して、その結果を統合させるといった柔軟な発想をもつリサーチャーが求められているように思います。このようなことが可能なリサーチャーがどれだけ増えるかが今後のショッパーリサーチの発展の鍵を握っているように思いますが皆さんはどう思いますでしょうか?最もこれはショッパーリサーチに限ったことではありませんが・・・。