MROCの対象者にリサーチャーになってもらう

私たち、調査をする側の人間は、通常、調査に協力してくれる人のことを、対象者や参加者、 場合によっては被験者やサンプルみたいな呼び方をします。 これらの呼び方は、こちら側とあちら側みたいな感じで、私たちが彼/彼女たちを、全く立場の違う、距離のある存在として、 認識していることを象徴しているように思います。 しかしながら、時には彼/彼女たちに我々と同じ立場になってもらってみてはいかがでしょう。 そう、彼/彼女たちにリサーチャーになってもらうのです。 

MROCの参加者に、(調査会社の人間と一緒に)モデレーションをしてもらったり、分析をしてもらったりした、 面白いケーススタディが紹介されている記事を見つけました。 結論から言うと、MROC参加者にリサーチャーの役割を担ってもらうという試みによってMROCのディスカッションが活性化したり、 分析の際に、より多くのインサイトが得られたりと様々なメリットがあったそうです。 今回は、このケーススタディの紹介を中心に、我々調査する側とMROCを含む定性調査に参加してくれる人との関係を考えてみたいと思います。 

元となった記事はこちらです。ニューヨークに本社があるInSites Consultingという会社の方々による記事です。  
 
この記事中には、MROC実施に際して、3つのエリアにおいて参加者にリサーチャーになってもらった例が紹介されています。 一つ目は、MROC参加者に共同モデレーターになってもらった例、二つ目はMROC参加者に共同分析者になってもらった例、 三つ目は、MROC参加者に調査結果の結論の微調整役になってもらった例です。参加者に、 このような役割を担ってもらうとどのような効果があったのでしょうか。以下、記事のポイントを紹介させていただきます。 

MROC参加者に共同モデレーターになってもらう

これまでにMROCを経験された方は、一部の参加メンバーが、自ら質問を発したり、問題提起をしたり、 自然とモデレーターっぽく振る舞うようになるケースを見たことがあるのではないでしょうか。 InSites Consulting社が直近に実施した15のMROCのうち、12において、このような現象が見られたそうです。

例えばコーヒーの飲用に関するMROCにおいて、ある参加者はコーヒーを飲む理由について、以下のようなディスカッションをスタートさせました。 

「私たちは過去数週間に渡ってコーヒーの飲用に関して議論してきたけど、私はコーヒーが飲まれる理由は、 味とか、元気づけるみたいな理由だけじゃないと思います。私は、心の平安を保つためって感じかな・・・。 私はかつて農場で仕事していました。 その時は、いつも10時頃に仲間がキッチンに集まって皆でおしゃべりをしながら一緒にコーヒーを飲んでいました。 そしてコーヒーを飲み終えると、皆仕事に戻っていきました。座って休憩するのはコーヒーがあるときだけ。 そう。だからコーヒーって、私は休憩とリラックスするためのものですかね。皆さんはそう思いませんか? 皆さんが、コーヒーを飲む理由って何?聞かせてもらえないですか?」

コミュニティの中にこういう人がいると、コミュニティは活性化しますよね。 なので、InSites Consulting社では、あるMROC実施の途中で、参加者の中から、調査会社が用意したモデレーターと共に、 共同モデレーターとして議論をリードしてもらう人を募ったそうです。すると、23%もの参加者が、その役割に興味を示したとのこと。 そして、その中から1名を共同モデレーターとして選出し、サブコミュニティを作ったところ、そのサブコミュニティにおけるディスカッションは、 メインコミュニティのディスカッションと比べて約2倍のInteraction(どうやって測ったのかよくわかりませんが、 とりあえず発言と訳しておきます)になったそうです。 また、共同モデレーターになった人はとてもやりがいを感じたようで以下のような感想を述べたそうです。 

「共同モデレーターをやってみて、とっても楽しくて充実しました。また、とても重要な役割を担っているって感じました。 このような機会を与えてくれてありがとうございます。出来るならまたやってみたいです!」 
  
また、この試みは、他の参加者からも好評で以下のようなコメントがあったそうです。 
 
「あなた方(InSites Consulting社)が、私たち(MROC参加者)の中から、進行役(共同モデレーター)を募ったのは面白かったし、 すばらしいアイデアだと思ったわ。だって、その人は、私たちと同じ立場の人だから、 (当然ながら)私たちのことをよくわかっているし、私たちも話しやすかったわ。」
 
この感覚はよくわかりますね。個人的にもMROC参加者の中から、 共同モデレーターになってもらうというアプローチはディスカッションを活性化させるために有効な手段のように思います。

InSites Consultingが行ったもう一つの試みは、ディスカッションを活性化する役割を担った共同モデレーターを「密かに」 MROCのディスカッションに紛れ込ませることです。 彼らは、これをco-moderator by missionと呼んでいますが、これは、日本で言えば、いわゆるサクラというやつですね。 また、このサクラの参加者には、ディスカッションの内容をまとめて、 調査会社側のモデレーターにレポーティングする役割も担ってもらったそうです。

スープで有名なキャンベルのMROCにおいて「理想的なレストランの経験を語ろう」というディスカッションでこの手法を使ったところ、 コントロールコミュニティのディスカッションと比べて、co-moderator by missionを使ったディスカッションは25%活性化したとのこと。 また、キャンベルの別のMROCプロジェクトにおいては、メンバー間のエンゲージメントがとても高まったとのこと。 議論は仲間言葉で行われ、いきいきとしたものになり、また共同モデレーター(サクラ)からの報告は、 ユーザー目線に基づいたものであり、分析に非常に役立ったそうです。 

私は、よく知らないのですが、我が国でMROCを実施されている皆様は、このような試みをされていたりするのでしょうか? サクラといってしまうと、イメージがよくないですが、コミュニティを活性化させる役割を担った人をディスカッションに紛れ込ませることは、 方法論としては有りかもしれませんね。変なバイアスがかからないように注意が必要でしょうが・・・・皆さんはどうお考えでしょうか? 

MROC参加者に共同分析者になってもらう

InSites Consulting社では、MROC参加者に、分析にも協力してもらうといった試みも行っており、 これを「crowd-interpretation」というカッコいいネーミングで呼んでいます。 これは、調査会社リサーチャーの視点というのは、狭くバイアスがかかったものなので、 もっと広い様々な視点で、データー分析をしてみようという趣旨だそうです。(これは納得です)。 

InSites Consulting社は最近エールフランスとKLMがクライアントの乗り継ぎ客のニーズに関するMROCを実施したそうで、 その分析の際に、そのMROC参加者から何名かに分析に加わってもらったそうです。 

InSites Consulting社は、この分析「crowd-interpretation」をゲーム形式で行いました。 まず最初のステップで、各分析メンバーがデータ(MROCのディスカッション発言録)の解釈を発表しました。 次のステップでは、別のメンバーが、それぞれの分析を採点しました。 そして、もっとも高い採点スコアを獲得した分析者は特別ボーナスを得るようなゲームの仕組みとしたそうです。 そうすると、この、共同分析者(MROC参加者)を使った分析アプローチは、コントロールと比べて21%も多くのインサイトが見つかったとのことです。 

また、このcrowd-interpretationはMTVをクライアントとした、 Generation Y(アメリカで1975-1989頃に生まれた世代。Generation Xの次の世代)によるコミュニティの分析にも利用されたそうです。 この世代のリサーチャーが分析チームにいなかったため、MROC参加者を、分析チームに加えたところ、 この世代の特徴、特有の価値観や考え方が深く理解でき、世代間ギャプを打ち破ることができたとのことです。 

確かに、この方法も有りというか、場合によっては必須な方法ですね。ちょっと極端な例になりますが、 たまに女子高生のグルインをやったりしますが、おじさん/おばさんリサーチャーは、彼女達が何を言っているのかさえ分からなくて、 同じ女子高生に通訳してもらう必要があったりします(笑)。そんな感じでしょうか。

MROC参加者に結論の微調整役になってもらう

これは、上記の共同分析者の話の発展版で、重なる部分も多いのですが、調査結果からの結論をまとめる際に、 MROC参加者に、その微調整をお願いするといった試みも行っているそうです。 その例として、同社が昨年フィリップス(オランダの家電メーカー)のために行なった、中国の消費者を理解するためのMROCが紹介されています。 

このMROCは約50人の中国人を対象としたものだったので、 当初は、中国人(もしくは中国語が母国語の)モデレーターによって進行するのがよいと考えられていました。 しかしながら、時間と予算の関係で、また(もちろん中国語は出来ない)フィリップス社の役員が、 コミュニティでのディスカッションに参加したいという話になり、同社はディスカッションを英語で行うことに決めました。 なので、リクルートの際には、英語が出来る中国人を探し、英語のテストを行ったうえで、MROCのメンバーに招待したそうです。 とはいえ、英語による進行によって、微妙なニュアンスが抜け落ちてしまうことを恐れた同社は、50人の参加者から10人を分析チームに招待しました。

同社はMROCディスカッションの分析を行い、その結論を10名にチェックしてもらったところ、その結論の14%がダメだしされ、変更されたとのことです。 また、ディスカッションに登場し、調査の結論として重要なキーワードにも深い解釈が与えられました。 例えば、同社による分析から、「well-being(健康で安心な状態)」という言葉は中国人にとって重要な価値観であるという結論になったのですが、 中国人参加者は、この言葉(well-being)は、中国人にとって「しっかり/ハードに仕事が出来るほど健康で、 その結果たくさんのお金を稼ぐことが出来、生活レベルを上げることが出来る状態」といった意味であると、更に深い解釈を与えてくれました。 

MROC参加者にリサーチャーになってもらう

以上、InSites Consulting社の事例を紹介させていただきましたが、最後に私の雑感を書かせていただき、今回のコラムを締めさせていただきます。 

このコラムを読んでいただいている皆さんは、調査する側の立場ですが、調査に参加してくれる人をどのように見ているでしょうか。 最初に書いたように、我々、調査をする側の人間は、調査に協力してくれる人のことを対象者や参加者、 場合によっては被験者やサンプルみたいな呼び方して、こちら側とあちら側みたいな感じで、全く立場の違う、距離のある存在として、 彼/彼女たちを見てしまいがちではないでしょうか(そうでない方はすいません)。 

もちろん、調査する側の人間は、参加者とは少し距離をおいて、一歩離れた視点で、冷静にインタビューをコントロールしたり、 参加者の発言を分析したりすることも重要かと思います。しかしながら、時には意図的に調査側と対象者の間にある、 壁を取り払ってしまう事も「あり」なのではないでしょうか。 そうすることによって、新しい発見が得られることもあるのではないかと、
InSites Consulting社のケーススタディを読んで感じました。 

特に、この調査する側とされる側の関係を考えることは、MROCにおいて、とても重要なことだと考えます。 今更ですが、MROCはMarketing Research Online Communityの略です。 MROCがこれまでの調査手法と違い、また近年非常に注目されているのは、最後の言葉、Communityにポイントがあるのではないではないかと思います。 この「Community」という言葉、日本語では「共同体」、「同士」みたいに訳されることがあるように、 そこに属する人は、仲間であるというニュアンスが含まれているように思います。 

なので、調査をする側の人間はMROCに参加してくれる人を、(やや上から目線の?)対象者やサンプルとしてではなく、 対等のパートナーとして、また同じ目的を達成するための仲間として考えると、より効果的な結果が得られるのではないでしょうか。 最近、「共創」という言葉をよく耳にしますが、個人的には、MROCを実施する上で、 調査する側と参加者との理想的な関係は、この「共創」であるべきか考えています。 

突然ですが、皆様、日本ハムさんがやっている、奥様重役会というのをご存知でしょうか(注:現在は食の未来委員会に変更になっています)。 日本ハムさんが実施している主婦モニターと、日本ハムの社員さんとの会です。 モニターの任期は半年間で重役会は月1回開催され、商品開発等に利用されています。 
 
驚くべきことは、日本ハムさんがこの会を40年前から実施しているということ。 私も、人から話を聞いたり、サイトをみたりしたりだけなので、詳しく語れる立場ではないのですが、 この仕組みは、その目指すところがMROCと同じ・・・というかMROCの原点のような気がします。 オフラインとオンラインの違いはありますが、この会のあり方はMROCの理想形なのではないかと思っています。 

注目すべきことは、この会のネーミング。 日本ハムさんにとって参加者は、モニターでもなく、サンプルでもなく、対象者でもなく、「重役」なのです。 この会のネーミングからだけでも、日本ハムさんの参加者に対する姿勢や考え方が見て取れますね。 

繰り返しになりますが、我々と、調査協力者・参加者の間には、どうしても距離が出来がちです。 しかしながらMROCに限らずですが、リサーチに参加、協力してくれる人は、我々、調査をする側の人間にとって、その調査課題のプロであり専門家です。 だから、調査協力者・参加者と、時には私たちの仲間として、時には私たちの師匠や先生として、 また時には私たちの重役としての関係を築いていくことも重要なのではないでしょうか。